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2008年12月31日 (水)

学園前「やまとの湯」で、息子とソフトクリームを食べて

Photo_8  2008年大晦日の夜、息子と一緒に学園前「やまとの湯」に出かけた。風呂上りに二人でバニラのソフトクリームを食べた。

 もう20年近くも前になる。学園南保育園へ土曜日午後にお迎えへ行った帰りに、近くの「イズミヤ」でよく子どもたちといっしょにソフトクリームを食べた。あの頃からみれば、二人の風体は変わり果ててしまった。でも、ソフトクリームを食べていると。ふとあの頃に戻ってしまう。楽しく豊かな時間だった。

 歩んできた道を、ふと振り返えることは、後退・退化ではなく、未来へ一歩踏み出すエネルギーに転化できるものだ。ゆく年の最後の夜に思う。思い信じる道をわが子どもたちは進めば良い。そのような想いを抱いている。

 元旦早朝から、またも近くの野山をひたすら歩きまわる。新しい年の第一歩として。

 2008年のブログ書き止めといたします。

交野・「月の輪滝」へ下って

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 12/31(水)朝早く、「水舞台」から降りてきて、交野市・私市方面へとハイキングコースを下り、「月の輪滝」へと向かった。渓流沿いの枯葉が積もった小道を15分ほど歩いて、「月の輪滝」へ着いた。滝と呼べるかどうかはわからない。何を持って滝と呼ぶのかの基準を知らない。ただ、「月の輪滝」と名づけられていることは事実である。ひっそりとした、ちっぽけな弱々しい小滝だった。りっぱな大きな滝よりは愛おしさを感じてしまう。

 「くろんど池」への帰路は、登りとなる。「月の輪滝」から20分ぐらいは歩いたのだろうか、「くろんど池」は大阪側からのハイキングコースの終着点なのだ。登りきった時、今まで日差しを感じなかった道を歩いていたが、池に近づくと明るい日差しを肌で感じた。

 車の中に戻り、缶コーヒーを飲みながら新聞を読んだ。朝6:30から歩き出し、車へ戻ったのが、8:40だった。大晦日のささやかなハイキングだった。

「くろんど園地」を歩きまわって

 12/31(水)5:30起床、コーンスープを飲んで、車でくろんど池へ出かけた。駐車場は鎖がかかっていたので、池の奥まで車で入り、池の端で駐車した。「くろんど園地」は大阪府交野市にある。大阪府管理の敷地内には遊歩道が整備されている。6:30まだ薄暗い中を「くろんど池」から、ハイキングコースをたどり、小さな渓流沿いに15分ほど歩き、「くろんど園地」にたどり着いた。まずは「水舞台」を目指した。

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 園地の管理事務所から15分ほどで「水舞台」に着いた。山中にある小さな池で、その端を岩が舞台のように立っている。天気は晴天なのだが、山間の場所には陽が差し込まない。早朝だったためなのだろうか、人は誰もいない。日本庭園を一人で観ているような気分だった。

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 池の面を覗き込むと、周囲の木々が、水面に逆さに映っていた。水面を見ているのか、空を仰いでいるのか、解らないほどの感覚に陥った。

ブログアクセス解析 2008.12.31

 12/31(水)17:00に、過去4ケ月の「ブログ解析」を確認した。過去4ケ月のアクセス数は、36,598で一日平均アクセス数は、302だった。

 ブログへのアクセス経路を見ると、
①サイト内(検索エンジンを使い、その検索した言葉でヒットした方)
②ブックマーク(ブログアドレスをお気に入りに登録してご覧いただいている方)
③ソレステ(ソレステレージャ奈良2002Webサイトからクリックしてご覧いただいている方)
④その他(Webサイト上のブログ、HPにこのブログの記事が掲載され、そのサイトを通じてご覧いただいている方)
に四分類される。

 そのアクセス数を見ると、調査対象数22,605、
サイト内 9,757  ブックマーク 7,525  ソレステ 3,628  その他 1,695 となる。

 サイト内からヒットした集計対象アクセス数 13,422の中から、ヒットした「言葉」をランク付けすると概ね次のようになる

①サッカー  727  ②奈良 618  ③AC長野パルセイロ 481  ④高校駅伝 462  ⑤高校サッカー 298  ⑥奈良県 287  ⑦松本山雅FC 268  ⑧駅伝 253  ⑨一条高校 231  ⑩奈良育英高校 180  番外:ソレステレージャ関係 75


 つれづれなるままに、興味の赴くままに記している。文章は雑文で、誤字・脱字が多いかもしれない。文章力がないことは自他とともに認める。ひとりの壮年の恥をさらしているのだろう。最近はデジカメを購入したので、写真をとることに興味を覚えた。それも、無頓着な写真ばかりを掲載しているので、加えて恥をさらしているのだろう。

 
にもかかわらず、多くの方々にご覧いただいていることに、年末の夕刻に心から御礼申し上げます。

イーハトヴ詩画集 「雲の信号」

Img  詩:宮澤賢治/画:黒井健/発行:階成社(1995.09)/定価:3000円/P.47

「自然の風景は、いつも人の心に寄り添ってくれます。かなしいときは、かなしいように。うれしいときは、うれしいように。」(黒井健)

詩人・宮澤賢がを歩いた、東北の地を歩きながら、空や雲を描いた宮澤賢治の詩を思い描きながらつづられた詩画集である。2008年大晦日の夕暮れに、本棚から取り出して、この本を眺めていた。

「わが雲に関心し 風に関心あるは ただに観念の故のみにはあらず そは新たなる人への力 はてしなき力の源なればなり」(宮澤賢治)

昨晩、「北新地 呼吸チョコ」を買ったのだが!!

Img_0001  昨日は仕事治めだった。夕刻に職場の最寄駅である近鉄大阪線八尾駅の駅中ショップを通り過ぎた。いつもはお菓子が一杯並んでいるなあと思って通り過ぎていた店があった。なにげなく店内を見ると、黒とブルーの色合いの商品が山積みされていた。近づくと「北新地 呼吸チョコ」「関西土産」という文字が目に飛び込んできた。「あっ、これや!これやんか!」とつぶやいた。迷わずに一袋580円を二袋買った。その商品がどこで買うことができるのかと思っていたが、灯台下暗しとはこのことを言うのだ。

 自宅に帰って、妻に報告した。「あのチョコ買ったでぇ!」「どこで?」「近鉄八尾駅で」「いくつ買ったの?」「二袋や!」「なんで、もっとどさっと買ってけえへんかったん?」と、あたかも子どもが母親に叱られたようだった。一つのりんごを二つに分けあって食べるというような詞の歌があった。年末最後に、一袋ではけんかになってはと思い二袋買ったのだが。想定外であった。人生は心理戦争かもしれない。

「作りたての風味が息づいている呼吸チョコ。鮮度を大切に、ショコラティエがひと粒ひと粒心を込めて作りました。アーモンドのカリッとした歯ごたえとマスカルポーネチーズが織りなす至高のハーモニー。他では味わえない自信の一品です。」「味できびしい大阪で粋人が集う街、北新地。グルメにより厳選された品だけが認められるこの地で愛され続ける味をお楽しみくださいませ。」(「北新地 呼吸チョコ」パーケージ広告文より)

「㈱マルシゲ」公式サイト

箱根駅伝2009展望

 第85回東京箱根間往復大学駅伝競走が目前に迫った。1/2(金)8:00号砲だ。過去10回の大会では、駒澤大学が6回、順天堂大が3回、亜細亜大が1回の優勝回数である。最近は駒澤大学が圧倒的な実力を誇っている。

 2008年10月、出雲駅伝(44km)では優勝が日本大2.08.27、2位が駒澤大2.08.41であった。出雲駅伝の倍以上の距離である11月の全日本大学駅伝(106.8km)では、優勝が駒澤大学5.16.17、2位早稲田大学5.17.01、3位山梨学院大5.17.54、4位東洋大5.20.18となった。

 箱根駅伝は全日本大学駅伝の倍の距離217.9キロmとなる。出場校上位10名のハーフマラソンの平均タイムを見ると上位から、①駒澤大63.33.4 ②早稲田大63.39.9 ③山梨学院大63.45.6 ④東洋大64.01.8となる。

 今大会は、優勝候補が早稲田大・駒澤大ダークホースが山梨学院大・東洋大となるだろう。長丁場であるがゆえにどのようなアクシデントが生じるかもしれない。城西大・中央大にもチャンスはある。それ以外の各校とも、熾烈な10位以内シード権争いが展開されることになるだろう。

「箱根駅伝」公式サイト

「日本テレビ 箱根駅伝」Webサイト

作家あさのあつこ 観戦術「小説よりも面白いドラマ」(読売新聞記事)を読んで

 12/31(水)朝、自宅のポストから日本経済新聞を取り出すと、読売新聞の「箱根駅伝特集」の別冊が入っていた。出場登録選手各チーム16名、23チーム368名が掲載されていた。もうドラマは始まっている。

 野球少年をえがいた「バッテリー」の作者あさのあつこさんが、箱根駅伝についての「私の観戦術」というインタビュー記事を読んだ。

 「駅伝は一人一人の背負っているドラマが複雑に入り組んだ群像劇」
 「1位でタスキを受け取った選手が、調子が悪くて次々と抜かれていく。あっ、この人今どんな気持ちでいるんだろう」
 「中継所で20番目で前の走者を待っている人」
 「後輩が何人も抜いた後、タスキを受け取った先輩が次々と抜かれたり。誰にもなじられないけど、きっと自分自身を叱咤するんだろうな。それって痛いな」
 「快走した人、ゴールを切った人は努力が報われるけど、力を出し切れなかった人、敗れる人も同じように努力している。それが報われないむなしさは、どんな感じだろう」
 「小説を書くとしたら、駅伝全部じゃなくて1区間のドラマを書いてみたい。ランナーはもちろん、走りたくても走れなかった人が、走ることを許された人をどんな思いでみているのか」。

 あさのあつこさんの記事を読みながら、いろいろな想いが湧き出てきた。箱根駅伝は二日間、217.9キロという長丁場の中で、人は何かを見てしまうのだろう。それは、人生そのものの縮図の中で、若者たちが奮闘する姿に共鳴しながらも、己が人生を叱咤する機会を与えてくれる。人間ドラマ以外のなにものでもない。

 歴史ある箱根駅伝、学生ランナーの夢舞台、出場選手は精一杯の力で駆け抜けて欲しい。その聖地を疾駆できない多くの走者の想いとともに。

箱根駅伝 出場校上位10人の平均タイム ランキング5

【5000m】
①早稲田大13.56.26 ②駒澤大13.58.70 ③日本大14.03.14 ④城西大14.04.56 
⑤中央大14.07.74
【10000m】
①早稲田大29.04.57 ②東洋大29.06.89 ③城西大29.07.63 ④東海大29.16.08 
⑤明治大29.17.02
【ハーフマラソン】
①駒澤大63.33.4 ②早稲田大63.39.9 ③山梨学院大63.45.6 ④東洋大64.01.8 
⑤城西大64.04.1
(月刊陸上競技 2009年1月号別冊第1付録を参照)

箱根駅伝ランキング5

【出場回数】
①中央大83回 ②日本大80回 ③早稲田大78回 ④法政大72回 ⑤東洋大67回
【連続出場】
①中央大79回 ②日本体育大61回 ③順天堂大52回 ④日本大47回 ⑤東洋大44回
【優勝回数】
①中央大14回 ②日本大・早稲田大12回 ④順天堂大11回 ⑤日本体育大9回
【連覇回数】
①中央大 6連覇 ②日本体育大 5連覇 ③日本大・順天堂大・駒澤大 4連覇

箱根駅伝 出身高校別 出場候補選手数ベスト10

【出身高校別の出場候補選手数ベスト10】
①仙台育英(宮城)11名 ②諫早(長崎)10名 ③佐久長聖(長野)・洛南(京都)・西京(山口)各8名  ④東京農大三(埼玉)・藤沢翔陵(神奈川)・豊川工(愛知)・西脇工(兵庫)・報徳学園(兵庫)各7名 

 「陸上競技マガシン」(2009年1月号)を参考にして、第85回箱根駅伝の各大学出場候補選手の出身高校別の人数を抽出した。

箱根駅伝 都道府県別 出場候補選手数ベスト10

【都道府県別の出場候補選手数ベスト10】
①千葉28 ②埼玉24 ③兵庫23 ④神奈川21 ⑤宮城・熊本19 ⑦福島17 ⑧愛知17 ⑨栃木・静岡16 (奈良は1名で46位)

 「陸上競技マガシン」(2009年1月号)を参考にして、第85回箱根駅伝の各大学出場候補選手の都道府県別の人数を抽出した。
 各大学の出場候補選手は20名、そこから出場登録選手16名がエントリーされ、本番に疾走するのは10名となる。各都道府県別人数は、選手の前所属高校所在地の都道府県に基づいた。

御所工業・実業 快勝! 34-0 全国高校ラグビー

12/30(火)花園ラグビー場
【2回戦】

御所工業・実業(奈良) 34-0 日向(宮崎) (19-0/15-0)

 5年ぶり4回目の出場を果たした御所工業・実業は、宮崎県代表の日向高校から6トライを奪い、粉砕し、快勝した。「黒の軍団」は、初めてのベスト8をかけて、元旦、14:15 桐蔭学園(神奈川)と対戦する。

「第88回全国高校ラグビー大会」公式サイト

2008年12月30日 (火)

奈良県代表 一条高校 PKで敗れる! 全国高校サッカー開幕戦

12/30(火)霞ケ丘国立競技場
鹿島学園(茨城) 1-1(PK3-2) 一条高校(奈良)

 全国高校サッカー選手権大会開幕戦で、奈良県代表・一条高校は鹿島学園(茨木)にPK戦の末、健闘したが惜敗した。私個人としての第87回全国高校サッカー選手権大会は開幕戦終了とともに閉幕した。

「第87回全国高校サッカー選手権大会」公式サイト

2008年12月29日 (月)

生駒「ふろーらむ」からの雲

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 生駒市立真弓小学校に隣接して「花のまちづくりセンター ふろーらむ」がある。11月下旬に散歩がてらに訪れた。芝生の端にたたずみ、雲を眺めた。雲は生きもののように飽きない。

昼下がりの「みねの寺」

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 わが家から坂道を下り、富雄川沿いに出て、今度は、坂道を登り、徒歩で15分の丘の上にある。周辺はマンションが建っているが、ひっそりとした佇まいだ。今まで幾度、車でその寺の横を通り過ぎたことだろう。車は利便性に長けている。しかし、見過ごしていることが多い。ゆっくりと歩めば、見過ごし見えていなかったことが見えてくる。

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 近辺のお寺を訪れた時には、参拝している方に出会うこともある。いつも、ひとりかふたりぐらいでしかない。子どもたちを見かけたこともない。寺の境内は、もう少し賑わいがあっても良い。地域の歴史的・文化的な存在なのだから。この地域には意外と文化的な資産が点在している。

 子どもたちとボールで戯れるような機会があれば、グラウンドでサッカーの練習が終わった後に、子どもたちと一緒に、ちょっと寄り道の「地域探検」にでも出かけたいような気分になる。

2008年12月28日 (日)

「北新地 呼吸チョコ」を食べて

Photo_5  わが家の忘年会の帰り、娘から「おいしいでえ~!」と小さなチョコをもらい食べた。確かに美味しかった。一夜明けて、その袋がわが家のこたつの上に置いてあった。またひとつ食べた。そのパッケージを見た。「北新地 呼吸チョコ」と表示されていた。夕方、こたつの上を見てそのチョコがまだあるのか確かめたが、すでにもう無くなっていた。左の写真は、そのチョコの包み紙だ。製造している会社をWebサイトで確認した。どこで売っているのか定かではない。

「株式会社マルシゲ」公式サイト

昨晩は、わが家の忘年会だった!

 12/27(土)18:00、奈良・大和西大寺駅近くの居酒屋で、わが家の忘年会を挙行した。信州・長野から息子も帰ってきた。わが一族は冬装束で寒さをディフエンスしているにも関わらず。息子は薄着だった。「長野から帰ってきたら、奈良は秋みたいや!」 確かに信州は奈良と比べものにならないほどに寒いのだろう。

 安価な居酒屋ではあったが、年末に食事をしながら、とりとめもない話を聞くことは、私にとっては、ほんとうに楽しい時間だった。しかし、他のわが一族はいかなる気持ちを抱いたのかは知る由もないが。

 二次会はちょっとこじゃれたレストランのような所に入った。みんなはコーヒーを、私はグラスワインとピザを頼んだ。ワインなどという飲み物は久しぶりだった。みんながコーヒー、私はワイン。ただわが観音菩薩さまの横目で針を指すようなまなざしが気にはなったが、なんとなく至福の時間だった。

12/26(金)入浴ポイントサービスデーを逃した!~学園前やまとの湯~

Img_0002  「学園前やまとの湯」では、通常、1回入浴する毎に「会員専用入浴ポイントシート」に1ポイントをスタンプで押印してもらう。60ポイントで無料優待券と引き換えになる。何枚だったか忘れたが。「ふろの日」(毎月6・16・26日)は2ポイントを押してもらえる。

 12/26(金)、「学園前やまとの湯」では「入浴ポイントサービスデー」を実施していた。その日は3ポイントを押してもらえる日だった。バスケットボールで言えば、スリーポイントシュートのようなものだ。その日を照準にして、スリーポイントシュートを狙う手はずになっていた。だが、残念なことに、その夜は、職場の関係で帰宅が遅く、残念ながらスリーポイントシュートを放つことができなかった。

 自宅の風呂に入りながら、無念さが湧き出てきた。いつかは、スリーポイントシュートを決めなければならない!

「くろんど池」のほとり

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 わが家から車で20分のところに「くろんど池」がある。奈良県と大阪府の境界にあたるのだろう。奈良県側からは車で気軽に出かけられる。大阪府側からは、ハイキングコースの終着点となる。春になれば、ハイカー、池のほとりでバーベキュー、ボートで繰り出す若者たちや家族ずれで賑わう。冬の朝は静けさが漂う。むかしむかしのキャンプソングを思い出す。「♪♪静かな湖畔の森の影から、・・・・・」。

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富雄川沿いの正覚山安養寺へ立ち寄って

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 11月下旬、富雄川沿いをウォーキングしていた折に、正覚山安養寺へ立ち寄った。県立奈良北高校のちょうど西側にある。融通念仏宗のお寺だそうだ。無信心な者には、宗派の詳細、その寺の成り立ちを知る由もない。ただ、寺のたたずまいに惹かれる。

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 富雄川沿いはひっきりなしに車が往来する。この寺など見向きもぜず、人々は急いで何処かへと向かっている。この寺を訪れる人は少ない。立ち寄った時も境内には誰もいなかった。「あなたは、車と寺とどちらが好きですか?」と問われれば、間違いなく私は答える。「お寺です!」と。

高校サッカー選手権 高校別勝利数ベスト10

①帝京・国見65 ③鹿児島実52 ④市立船橋47 ⑤四日市中央工42 ⑥武南35 ⑦東福岡28 ⑧韮崎25 ⑨室蘭大谷・清水商24

※首都圏開催以降の勝利数を各高校別に抽出した。

高校サッカー選手権 都道府県別勝利数ベスト10

①東京93 ②静岡83 ③長崎78 ④千葉77 ⑤埼玉64 ⑥鹿児島61 ⑦三重48 ⑧福岡44 ⑨茨城42 ⑩山梨39 27奈良23

※東京については、2チーム出場となっている。

 
首都圏開催以降の都道府県別の勝利数を抽出した。数値はすべてを表すものではないし、表しきれないが、何かを表すことも事実だ。その数値を見ていて、概ね現在の「試合結果としての」高校サッカーの勢力絵図を思い描いている。

奈良県代表校 高校サッカー選手権 過去通算戦績

奈良育英高校12勝12敗   大淀高校6勝7敗  一条高校2勝3敗
耳成高校2勝2敗  天理高校1勝2敗  上牧高校2敗   広陵高校1敗

 首都圏開催になって後の全国高校サッカー選手権大会において、奈良県代表校の過去通算戦績は上記の通りである。本大会でまだ勝ち越しをしている高校はない。奈良県代表校の合算通算戦績は23勝29敗と負け越しているのが事実だ。

奈良県代表校 高校サッカー選手権 過去30年の3回戦以上の戦績 

1979年度 大淀高校 
1回戦○2-0札幌光星  2回戦○3-2秋田商  3回戦●0-5愛知
1992年度 奈良育英高校
1回戦○2-1古河一  2回戦○3-2日大山形  3回戦●0-2国見
1994年度 奈良育英高校 ベスト4
2回戦○1-0清水商  3回戦○2-2(PK9-8)四日市中央工  準々決勝○1-0三本木農  準決勝●0-3市立船橋
1995年度 耳成高校
2回戦○2-1丸岡 3回戦●0-0(PK3-4)多々良学園
1996年度 奈良育英高校
2回戦○4-0山形市立商  3回戦●2-2(PK5-6)前橋育英
1997年度 奈良育英高校
2回戦○3-0帝京三  3回戦●1-1(PK5-6)帝京
1999年度 奈良育英高校
1回戦○4-1韮崎  2回戦○2-2(PK6-5)青森山田  3回戦●1-3静岡学園

 全国高校サッカー選手権大会において、過去30年間の奈良県代表校の3回戦以上まで勝ちあがった時の戦績を抽出した。上記のように7度ある。しかしながら、2000年度以降の3回戦進出はない。

2008年12月27日 (土)

奈良県代表「一条高校」の健闘を祈る! 全国高校サッカー選手権大会

 第87回全国高校サッカー選手権大会が始まる。12/30(火)オープニングゲームで奈良県代表・一条高校(2年ぶり4度目)は茨城県代表・鹿島学園高校(2年ぶり4度目)と対戦する。一条高校の勝利を祈念する。

 鹿島学園高校は夏のインターハイ3回戦で、鹿児島城西に1-4と敗れたが、点数差ほどの内容差はなかったという。今大会では旋風を巻き起こすだけの力を持つ強豪との評価が高い。ストロングポイントは本大会トップクラスといわれる右サイドアタックだ。

 一条高校が、県予選4試合1失点という堅守で、鹿島学園のサイド攻撃を封じることができるか? 二列目を交えての分厚い攻撃を、鹿島学園DFラインに対して継続的に仕掛けられるか?楽しみなゲームが近づいてきた。「巧みに守り、果敢に攻めよ」という同校の言葉通りのゲームになり勝利することを願う。

 奈良県代表校の3回戦進出は、第78回(1999年度)奈良育英高校が静岡学園高校と3回戦で戦って以来、9年間、3回戦進出がない。今大会はその壁を、一条高校が打破してくれると期待する。

「チェ・ゲバラの遥かな旅」

Img 著者:戸井十月/発行:集英社文庫(2008.06第9刷)/定価:533円+税/P.267
小説家・ルポライターでバイクをこよなく愛する戸井十月氏が、「20世紀最高のゲリラ」として勇名をはせ人々の心に焼き付けた「チェ・ゲバラ」に関するノンフィクション・ノベルだ。2000年3月、単行本「ロシナンテの肋」として発刊され、2004年10月に文庫本化され、2008年6月に第9刷された。

 1928年、チェ・ゲバラはアルゼンチン・ロサリオで生まれ、ブエノスアイレス大学で医学を専攻した。1951年、23歳の時に、友人とともに南米一周のモーターバイクでの旅に出た。訪れた地でフットボールの指導で金を稼ぎ、またさまざまな職種で働き旅を続けた。貧しい人々との旅での出会いが、チェ・ゲバラの革命家としての意思を形づくったと言われている。革命家以前の若き日のチェ・ゲバラの南米モーターサイクル旅行については映画化されわが国でも上映された。

 この本を今年の初夏に読んだ。読みながら、若きチェ・ゲバラの愛と正義と信念、そして行動の輝かしさを著者は浮かび出し伝えてくれた。著者はチェ・ゲバラの足跡を辿りバイクで南米一周を実現した。著者は文庫本ための追記の最後で、チェ・ゲバラの優れた資質について、彼の娘やキューバの旧同志たちに聞くと、すべての者が「人を愛する才能です」という答えが返ってきたという。

 「ゲバラは稀代のゲリラ戦士であり革命家であるより前に好奇心に満ちた旅人であり、負けず嫌いのスポーツマンであり、ロマンティックな詩人だった。そして何より、人を愛し続けた。」と著者は書き記した。その言葉が印象深い。時代とイデオロギー(政治思想)を超えて、チェ・ゲバラは生き続けている。混迷を迎えた世界だからこそ、不死鳥のように蘇るのだろう。

「モーターサイクルダイアリーズ」Webサイト

「チェ・ゲバラ」の映画二本 新春にロードショー!

 「キューバ革命」を成功に導いた英雄、「チェ・ゲバラ」の映画が二本連続で新春ロードショー上映される。「チェ・ゲバラ」は、革命家というだけではなく、政治思想の差異を超えて、愛と正義と信念を貫いた人間としての魅力を放ち続けているのだろう。だからこそ、キューバと敵対するアメリカ、その国のステイーヴン・ダーバーグ監督がメガホンをとった。広告のキャッチコピーは、「かつて世界を愛した。今なお 世界に愛される。」

 チェ・ゲバラ、本名エルネスト・ラファエル・ゲバラ・デ・ラ・セルナは、カストロとともに「キューバ革命」(1959年)を成功に導いた。31歳のときだった。その後、ゲバラはその成功に安住せず南米ボリビアへ潜入し、ゲリラ戦でラテンアメリカでの革命を志向した。しかし、アルゼンチン・ロサリオ生まれのチェ・ゲバラの志は成就せずに逮捕され、1967年処刑された。享年39歳だった。遺骨はその30年後の1997年にボリビアで発見され、革命の地・キューバへと帰還した。

 1960年代後半、西側諸国の政治的な若者たちにとってのカリスマ・英雄だった。私は非政治的な人間ではある。ただ、1970年代初めに、チェ・ゲバラという若き革命家の人間的側面は強烈な印象として今も残っている。今、なぜ、チェ・ゲバラなのか? この映画を観たいという衝動に駆られている。

「チェ・ゲバラ 28歳の革命・39歳の別れ」公式サイト

「くろんど池展望台」から眺めて

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 わが自宅から富雄川沿いに北へ車で20分の所に「くろんど池」がある。池の周りには小高い丘があり遊歩道が整備されている。「展望台」という標識が目に入った。反射的に登りだした。途中休憩して真上を眺めた。青い空と白い雲が目に飛び込んできた。真上を見るという行為は久しぶりだった。いつもは、真正面か斜め下を見て歩いている。当たり前のことで、日常にいつも真上を見て歩いていると危険だし、異常な人間として奇異な視線にさらされるだろう。たまには、何分間か真上を見て時を過ごすことも大事なことかもしれない。

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 登り始めて10分ほどで「展望台」直下へたどり着いた。大人5人以上は一度に登ってはならないと注意標識があった。1人だから大丈夫だと螺旋階段を登り、「展望台」に到着した。眼下に「くろんど池」を眺めた。幾度となくこの地へは来ているのだが、「展望台」へ登ったのは初めてだった。奈良にいるのではなく、信州のどこかの湖を眺めているような贅沢な気分に浸った。

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奈良県代表 「御所工業・実業」 優勝候補 全国高校ラグビー大会

 今日から、第88回全国高校ラグビー大会が、東大阪市花園ラグビー場で開催される。奈良県代表・「御所工業・実業」は5年ぶり4回目の出場を果たした。4月の全国高校選抜大会では、決勝戦で常翔啓光学園(大阪)に敗れたが準優勝を勝ち取った。

 登録選手25名の内、身長180cm超は2名、体重90kg超は3名と他チームと比較して「小粒」である。そのハンディキャップをもろともせず、逆にストロングポイントとして、小回りのきくスピードある動きに転化している。

 今大会のAシード校は常翔啓光学園(大阪)、国学院久我山(東京)、御所工業・実業(奈良)の3校だ。春の実績を評価されて、御所工業・実業はAシード校に選ばれた。今大会の優勝候補にも挙られている。初の全国制覇を目指して、同校の花園での健闘を願っている。

「第88回全国高校ラグビー大会」公式サイト

大阪城公園内 「教育塔」

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 大阪城公園内にある「教育塔」だ。馬場町交差点北東の角にある。大阪城大手門からも近い。「教育塔」は、1934年9月室戸台風によって、学校においても教職員・児童600名余りが亡くなった。災害直後、大阪の教育界は子ども、教職員を追悼し、その名を永くとどめるため、記念碑の建設を発議し、当時の帝国教育会が記念塔を建設することを決定した。その後、戦後、全国の教育関係者が合葬されるようになった。大阪城公園の傍らで、「教育塔」は、今も天に向かって聳え続けている

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 私は小学生だった頃に学校の課外授業で「教育塔」へ写生会に出かけた。昔も今も絵を描く才能は微塵もない。じっと集中して写生をした記憶は薄れているが、「教育塔」の周りを駆け巡っていたり、その石段で弁当を食べたことは不思議と思い出す。それとともに、「教育塔」の歴史的な背景など知る由もなかったが、青空に突き刺すような塔の存在にひきつけられたことを鮮明な印象として今も記憶に残っている。

2018年サッカーW杯 日本招致 「東京五輪条件」

 12/26(土)朝日新聞朝刊スポーツ欄によると、日本サッカー協会会長が、2018年にサッカーW杯を日本へ招致することについて、「2016年東京五輪の招致成功が立候補の条件」になるという考えを示した。国際サッカー連盟(FIFA)は2010年末に、2018年・2022年のW杯開催地を決定する。

 もし、2018年W杯が日本で開催されるようなことになれば、その時、私は65歳になる。国内の開催地を北から南へと日本縦断の旅に出かけてみたいものだ。開催期間は1ケ月ぐらいだろうか? 朝から晩までサッカーのゲームがあるわけではないだろう。まずサッカーのゲームを観戦する。周辺の町を含めて、さまざまな歴史の跡を訪ね、近くに温泉があれば立ち寄り、夜は、安っぽい居酒屋で酒を飲む。寝る前にその地の書店で買った地方本を読む。

 空想だけが頭を駆け巡る。夢や希望以前のただの空想物語でしかないが、「2018年W杯招致」という文字を見ただけで、子ども心のように胸がワクワクしてきてしまった。

2008年12月25日 (木)

「集合写真」を撮って

Photo  11月のある昼下がり、大阪城公園噴水前で「集合写真」を撮った。写真に映っている人々の中に私の知る人はいない。まったく私とは無関係な人々の集まりである。どのような集まりなのかは知る由もない。ただ、楽しそうに「集合写真」を撮ろうと盛りあがっている光景に惹かれ、その集まりの最高の瞬間を撮ろうとカメラを向けていた男性の傍らでシャッターを押した。彼は私の存在には気づかなかった。また被写体である人々も。まるで、私は闖入者だった。「集合写真」というものはやはり素敵だ。その人々から、図々しくも幸せな瞬間をいただいた。

「EG 高校サッカー名鑑」を買って

Img  日本唯一のサッカー専門新聞「エル・ゴラッソ」の雑誌増刊号「EG 高校サッカー名鑑」を買った。定価が380円と安価だった。「国立への道 四千の敗北と一つの勝利」。全国高校サッカー選手権大会の特集号だ。全出場校の紹介、メンバー、集合写真が掲載されていた。

 その雑誌を見ながら、奈良県代表・一条高校を応援するのは私の義務だが、強い弱いというチーム力という視点からではなく、異端的な自分自身の興味という判断基準から、別に応援すべき2チームを決めた。

「エル・ゴラッソ」公式サイト

奈良育英高校 敗れる! 市立船橋に 全国高校選抜男子バスケットボール

 JOMOウインターカップ2008 第39回全国高等学校バスケットボール選抜優勝大会の2回戦が、東京体育館で行われた。奈良県代表・奈良育英高校は市立船橋高校に敗れた。
12/25(木)東京体育館
【2回戦】 市立船橋高校 111-77 奈良育英高校 (21-13/22-23/39-18/29-23)

「ウインターカップ2008大会」公式サイト

2008年12月24日 (水)

大阪城の記念撮影スポット

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 11月初旬に大阪城を訪れた時、どこの観光地にもある左の写真のようなベニヤ板で作られた記念撮影用ツールを観た。アジアのどこかの国から大阪城を訪れた女性たちが、和やかに記念撮影をしていた。ただの、のっぺらぼうのカラフルなベニヤ板でしかなかったとしても、人々に思い出を刻む。

富雄南中学校 優勝! 奈良県中学校サッカー新人大会

12/23(火) 橿原運動公園多目的グラウンド
【決勝】
富雄南中 3-0 真美ケ丘中 (2-0/1-0)

【準決勝】
真美ケ丘中 2-2(PK3-2) 大淀中 (1-1/1-1延長0-0/0-0)
富雄南中 3-1 奈良学園中 (2-0/1-1)

奈良育英高校 初戦を飾る! 全国高校選抜バスケットボール(男子)

 JOMOウインターカップ2008 第39回全国高等学校バスケットボール選抜優勝大会の1回戦が、東京体育館で行われた。奈良県代表・奈良育英高校は熊本工に勝利し2回戦へ進出した。
12/24(水)東京体育館
【1回戦】 奈良育英高校 84-80 熊本工業高校 (19-27/25-9/14-24/26-20)

「ウインターカップ2008大会」公式サイト

2008年12月23日 (火)

Cinema 「タンゴ・イン・ブエノスアイレス~抱擁~」

 南米で最も美しい街といわれるアルゼンチンの首都ブエノスアイレス、タンゴの発祥の地で開催された、“ブエノスアイレス・タンゴ・フェスティバル”を世界ではじめてカメラが追ったドキュメンタリーだ。

 ブエノスアイレスという街の名を私はいつ知ったのだろう? 振り返ると、恐らく大学生だった頃に、アントワーヌ・ド・サン・テグジュべリの小説「夜間飛行」で知ったような気がする。その小説は、私にブエノスアイレスという街の名の芳しさを感じさせた。芳しき香水である「夜間飛行」は、この小説の題名から命名されたという。

 一番好きな映画館である大阪・九条にある「シネ・ヌーヴォ」で上映予定だ。2009年正月は、東京へ高校サッカー選手権観戦と言いたいのだが、私の経済もそのことを許さない。この映画を鑑賞して2009年スタートだ。

映画「タンゴ・イン・ブエノスアイレス」公式サイト

エマニュエル・リバ写真展 「HIROSHIMA」

 アラン・レネ監督「二十四時間の情事」(1959)の映画に主演した女優エマニュエル・リバさん(81)によって、当時1958年、広島ロケの際に撮影したスナップ写真が、昨年自宅で見つかった。その写真50点の写真展「HIROSHIMA 1958」が、広島・東京で巡回して開催されている。12/29まで、東京・銀座ニコンサロンで。

 その映画は大学生だった頃に映画館で観た。その当時、ジャン・リュック・ゴダール、アラン・レネ、ルイ・マルのヌーベルバーグのフランス映画を良く観ていた。「二十四時間の情事」も印象深い映画だった。スクリーンでのエマニュエル・リバを今も脳裏に描くことできる。それほど私には魅力的だった。その映画がはじめて上映されて50年、私が映画館で観てから40年が経つ。

 映画のロケ前の一週間、広島のカメラ片手に町を歩き、子どもたち・街の情景を、彼女はスナップ写真として収めたという。その作品が昨年、彼女の自宅のトランクで発見された。新聞紙上で記事が掲載されていたのを覚えている。その作品の評価が高く、今回の写真展となったという。東京・銀座へは行くことができない。出版されている写真集を購入しようと思っている。

「ニコンサロン」Webサイト

「二十四時間の情事」 YouTubeサイト

富雄川沿いからの風景

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 冬の日に、富雄川沿いを歩いていた。日常的な時間の流れにも、わが家近くの風景にも、毎日、自然は美しさを描いている。ただ、そのことに気づかずに、大切な時間の大部分を消費しているような気がしてならない。

長弓寺境内・伊弉諾神社(いざなぎじんじゃ)

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 富雄川沿いからの長弓寺への入り口に大きな鳥居がある。幾度もこの川沿いの道を車で通りながら、なぜ寺に鳥居があるのだろうと思ってはいたが、その疑問を解明することもなかった。鳥居をくぐり長弓寺本堂へと歩いた。本堂への階段の手前に「伊弉諾神社」という名が見えた。あの大きな鳥居は、この場所への入り口なのだ。

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 天平18年(746年)、長弓寺創建の際に鎮守として「伊弉諾神社」を祀ったという。いままで訪れたことがなかった。神社境内はお二人の方がお参りに来られていた。私の実家は真言宗だが信仰深い人間でもない。ただ無言で手を合わす姿を見ると心にに安らぎを感じる。

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記録映画「いのちの作法」

 全国に先駆け、独自に1960年に老人・乳児医療費無料化を実施した岩手県旧沢内村(現西和賀町)の「生命行政」をつぐ人々の、2006年8月~2007年3月までの村の様子を描いたドキュメンタリー映画だ。12/27(土)から大阪・十三にある「第七藝術劇場」で上映される。今年の締めくくりとして年末に、私は必ずこの映画を見るために映画館へ足を運ぼうと思った。

記録映画「いのちの作法」公式サイト

「第七藝術劇場」公式サイト

奈良県中学校サッカー新人大会【12/21準々決勝結果】

12/21(日)富雄南中学校グラウンドほか
富雄南 4-0 奈良育英 (1-0/3-0)
大淀 2-1 平群 (1-1/1-0)
奈良学園 1-1(PK4-3) 帝塚山 (0-0/1-1)
真美ケ丘 2-1 富雄 (1-1/1-0)

佐久長聖高校 「美しき駅伝」

 12/21(日)第59回全国高等学校男子駅伝競走大会は、佐久長聖高校(長野)が雪辱を果たして日本高校最高記録2:02:18で優勝した。2003年2位、2005年4位、2006年6位、2007年2位と過去5年入賞常連校であったが優勝は無かった。悲願の初優勝だった。

 昨年、最終トラック勝負、悲願の初優勝目前、あまりにも劇的な「0秒差2位」(2:03:55)に甘んじた。その味わった悔しさから目標を2時間2分台に掲げてチームが始動した。雪辱の悲願の初優勝を目指して、監督が「自分で草むしりや石拾いなどをする手作りのクロスカントリーコースで鍛えてきた」(12/22朝日新聞)。

 12/21(日)当日の信濃毎日新聞朝刊「佐久長聖、真っ向勝負 全国高校駅伝きょう号砲」の見出し記事で、オーダーと起用法が記されていた。今年度からルール変更され、留学生が最長の1区(10km)を走ることが出来なくなった。

 留学生が3区に集まると予想して、本来ならば「花の1区」を走るはずの信頼する佐久長聖のエースを3区に起用した。その区間で留学生との「真っ向勝負」で、タイムさを最小限に抑える戦術を選択した。主将の選手はこのオーダーを聞いた時、「サプライズなオーダー」と驚いたという。

 1区では仙台育英に2秒差の2位、2区では1秒差の2位と完璧なまでの序盤だった。注目の3区、監督は「3区までで30秒差以内なら、4区以降で逆転可能」(12/22朝日新聞)とシナリオを描いていた。エース選手は「力の差はわかっていた。どれだけ差を広げられないかを考えて走った」という。32秒差で4区につないだ。日本選手として区間最高だった。

 4区、佐久長聖の追走が始まった。8秒差の2位だった。5区で逆転し2位に48秒差をつけて首位に立った。それ以降も守りに入らず攻めの走りを継続した。6区、2位に1:15秒差の首位、フイニッシュは1:52秒の差をつけて、2:02:18 日本高校最高記録で昨年の雪辱を果たす初優勝を飾った。

 佐久長聖高校選手の区間順位を見てみると、1区2位、2区2位、3区5位、4区2位、5区1位、6区1位、7区1位と全区間で上位を占めていた。このことは雪辱を糧とした総合力での強さを遺憾なく発揮した圧勝の駅伝だった。

 昨年、高校駅伝でのトラック勝負で優勝を勝ち取ることが出来なかったシーンをテレビで見ていた。「ゼロ秒差の2位」という屈辱を跳ね除けて佐久長聖高校は、初優勝を勝ち取ることが出来るのだろうか。そうあって欲しいと願いながらも、正直な気持ちとして私の心の中では否定的な想いが湧いていた。

 今年、出場校の予選最高タイムが佐久長聖高校だった。素直に驚いた。悔しさをばねに1年後、再び不死鳥のように舞い戻ってきた。結果は、初優勝、日本高校最高記録2:02:18。高校駅伝の中で輝かしい歴史を刻んだ。

 ふと気になりインターネットで「佐久長聖高校」公式サイトを開いた。同校の教育理念を表した興味ある図が目に飛び込んできた。「五育一体の全人教育」、「知育」「徳育」「体育」「美育」「気育」。「知育」「徳育」「体育」という言葉にはなじみがあったが、「美育」「気育」という言葉に興味を抱いた。

 「美育」は美しいものを美しいと思える感性。「気育」は人を思いやる誠実な姿勢。確かに子どもたちが大人になった時に、今以上に将来は大切で必要不可欠な要素となることは事実だ。「美育」教育の理念の中に刻んでいることに特に、同校の理念の根底に含めていることに惹かれる。

 選手は良くも悪くも環境の影響を受けて育つ。その部・クラブの環境が良くても、日常の多くの時間を過ごす家庭・学校環境が良くなければ、選手は育ちきれない。私は、佐久長聖高校の都大路を疾駆する姿、その駅伝のトレースを思い描いた時、さまざまな環境、人々のサポートの良質なものが表現され結実された「美しい絵」だったように思える。私にとっては、高校駅伝で過去に見たことがないほどの「美しき駅伝」だった。

「佐久長聖中学校・高校」公式サイト

2008年12月22日 (月)

「佐久長聖初V」の信濃毎日新聞号外を見て

 12/21(日)14:55、「佐久長聖初V」の号外が、信濃毎日新聞のWebサイトである「信毎Web」サイトで掲載された。男子駅伝号砲が鳴ったのが12:30だ。佐久長聖高校は2:02:18でゴールし初優勝を勝ち取った。ゴールした時刻を推測すると、14:32~14:33となる。初優勝号外が「信毎Web」へ掲載された時刻は、14:55だ。ゴールから22~23分後に号外記事として掲載した。正直にそのスピードに驚いた。

「信濃毎日新聞」Webサイト

2008年12月21日 (日)

全国高校駅伝 ベストタイム更新 男子34チーム、女子31チーム

 12/21(日)全国高等学校駅伝競走大会(男子・女子)が終幕した。各出場校は県大会・地区大会に出場し、そこでの記録を残した。県大会・地区大会の記録の上位を大会前に出場校のベストタイムとして、ランクされ雑誌に記載されていた。大会が終幕し、本大会の結果と予選ベストタイムを比較した。

 県大会・地区大会・本大会までの期間は2ケ月足らずであるにも関わらず、驚くことに、女子では参加58チーム中31チームが、男子では47チーム中34チームがチーム最高記録を更新していた。チーム最高記録更新率は女子が53.44%、男子が72.34%となる。

 このことは、選手・指導者・スタッフの意気込み、フィジカル・メンタル両面でのコントロールを礎としての最高位のパフォーマンスが繰り広げられたことを証明する。選手・指導者・スタッフに敬意を表する。そのことは、現実に今まで培って残した記録を、本大会でさらに記録更新しなければ高校駅伝で上位に食い込むことができないことをも意味する。

 奈良県代表校、男子・智弁学園、女子・奈良育英も力走し健闘した。ただ両チームとも本大会は地区大会記録を更新することが出来なかった。今後は、全国高校駅伝で上位入賞をめざすことは、今後より厳しい状況になってくる。奈良県勢が都大路を駆け抜け、入賞、いやそれ以上の成績を勝ち取ることを願う。

【本大会でチーム記録更新した出場校・更新記録差上位5校】
【男子】
①13位 一関学院(岩手) 4:17 ②6位 青森山田(青森) 4:04 ③30位 出雲工(島根) 2:57 ④24位 田村(福島) 2:43 ⑤32位 前橋育英(群馬) 2:40

【女子】
①4位 常葉(群馬) 2:05 ②18位 韮崎(山梨) 2:01 ③21位 鳥取中央(鳥取) 1:56 ④57位 室蘭大谷 1:52 ⑤36位 新潟第一 1:56

香芝東中(男子)34位 天理西中(女子)13位 全国中学校駅伝

 第16回全国中学校駅伝が、12/21(日)山口県セミナーパーク・クロスカントリーコースで、男子は6区間18km、女子は5区間12kmで行なわれた。奈良県代表、男子:香芝東中学校(初出場)は34位、女子:天理西中学校(3年連続4回目)は13位と健闘、快走した。

【区間通過順位】
香芝東中(男子) 1区18位、2区28位、3区20位、4区21位、5区26位、6区34位
天理西中(女子) 1区15位、2区15位、3区16位、4区21位、5区13位

「第16回全国中学校駅伝」公式サイト

智弁学園高校 第23位 全国高校駅伝(男子)

 第59回全国高等学校男子駅伝競争大会で、智弁学園は第23位 2.08.39で、都大路をタスキを繋ぎ、駆け抜けフィニッシュした。
順位推移は、1区40位、2区31位、3区30位、4区29位、5区29位、6区24位、7区23位

 地区大会 2.07.20は、出場校47校のタイムリスト中、10位だった。全国の舞台で精一杯の力走だった。来年の都大路、奈良県勢初の入賞を目標にして、更なる健闘を心から願っている。

奈良育英高校 第44位 全国高校駅伝(女子)

 第20回全国高等学校女子駅伝競争大会で、奈良育英高校は第44位1.13.23で、都大路をタスキを繋ぎ、駆け抜けフィニッシュした。
順位推移は、1区42位、2区45位、3区43位、4区43位、5区44位

 地区大会1.12.58は、出場校58校のタイムリスト中、45位だった。全国の舞台での一走一生の全力を出しきっての力走だった。メンバーは3年生2名、2年生1名、1年生2名のメンバー構成で都大路を疾走した。結果云々よりも、選手の走りきった姿に感銘を受けた。新たな想いを刻み、来年の都大路を目標にして、更なる健闘を心から願っている。

「サッカーとイタリア人」

Img 著者:小川光生/発行:光文社新書(2008.12)/定価:780円+税/P.261
~地元チームの応援に、なぜそこまで燃えるのか?~
~カルチョ(イタリアサッカー)とカンバニリズモ(郷土愛)の奇妙な関係とは?~

 「イタリアにカンバニリズモという言葉がある。もともと教会の脇に聳えるカンバニーレ(鐘楼)から派生した言葉である。その町の鐘の音の良さ・味わいは、その町の出身者にしかわからない。そこから、郷土への帰属意識・郷土愛を示すこの言葉が生まれたと言われる。」とはしがき冒頭に書かれた一文を読んで興味を抱き、病院からの帰りに、JR環状線・森ノ宮駅構内の書店で購入して読んだ。

 「カンバニリズモ(郷土愛)」が顕著に現れるのがサッカーのスタジアム、とくに「ダービーマッチ」だいう。同じ都市同士、近隣の二都市のチームが対戦するという「ダービーマッチ」がイタリアには無数にあり、歴史と文化を反映した峻烈な戦いとなるという。いにしえの時代から地方分権の伝統を持つイタリアでは、各地にさまざまな地域の地方「ダービーマッチ」が存在する。それは我々が想像するサッカーのゲームなどとは程遠い、内戦、決闘の様相を呈するという。さまざまな「ダービーマッチ」の狂気の様相が何に起因しているのかを興味深く読んだ。

 わが国のサッカー界においても、「ダービーマッチ」という名前だけ取り入れたゲームが確かに存在する。しかしながら、その多くは、歴史・文化の流れにもとづいた「カンバニリズモ」、「ショービニズム」「パトリオティズム」という言葉で表される「郷土愛主義」の表出する場ではなく、あくまで商業的なイベントにしかすぎない。ただひとつ。地域リーグの「ダービーマッチ」である「信州ダービー」にはその匂いが存在するように思われる。「長野」(長野県)対「松本」(筑摩県)の歴史が熱狂を生み出すのだろう。グローバルな時代になればなるほど、対立する概念である「郷土愛主義」が浮かびあがってくる現実がある。

 著者があとがきで記した。「イタリアのスタジアムで感じるような強いフランチャイズシップ、カンバニリズモが僕の中にあるとしたら、それは東校(藤枝東)サッカー部へのものしかない。・・・・サッカーへの熱い思いが僕の中にある。それは藤枝東が清水商業に敗れたあの秋の日から僕の中にあるものだ。」「僕はいつもあの秋の日のことを思うのだ。『それがオレのフランチャイズシップ、カンバニリズモだ!文句があるか!』と心で呟きながら」。

 著者にとって、1988年11月6日全国高校サッカー選手権静岡大会準々決勝で、清水商業に2-3で惜敗した時のことを記した。「僕は彼らが国立競技場に立つ姿を心から夢見ていた。だからこそ、僕は声が潰れるまで彼らのことを応援したのだ」と。著者は現在、イタリア・ヴェネツィア在住で、2008年1月高校サッカー選手権、藤枝東校は決勝へ進出したおりには、いても立ってもいられなくなり、ヴェネツィアから国立競技場まで飛んだという。第三者から見れば狂気じみた行動と写るかもしれないが、人が寄って立つべき場所、想いは人を魅了し行動を起こさせる。人それぞれの「カンバニリズモ」がある。

U-18奈良県サッカーリーグ1部試合結果12/20

12/20(土)法隆寺国際高校Gほか
奈良育英 4-3 香芝   法隆寺国際 2-2 奈良
一条 6-1 大和広陵   五條 5-0 奈良北

中京大学 1回戦敗退 大学サッカー選手権

全日本大学サッカー選手権大会 1回戦
12/20(土)東京江戸川区・夢の島競技場

広島経済大学 5-0 中京大学

 残念ながら東京・夢の島まで出かけることができなかった。例年は関東・関西で開催されていたので、中京大学が関西会場で試合をするのを毎年楽しみにしていた。今年は関東会場のみの開催だった。9年連続31回目の出場だった。過去8年毎年インカレでの中京大学のゲームを大会期間中、1試合は観戦してきた。今年は観戦でき無かった。その無念が冬寂寥の思いとして残る。

 敗北を喫したとしても、中京大学サッカー部の誇りと伝統は受け継がれていく。東海の雄として、来年に向けて新たな第一歩を踏み出すだろう。今後の健闘を心から祈っている。

2008年12月20日 (土)

同志社インターナショナル小学校(仮称)開校を予定

 12/20(土)日本経済新聞朝刊によると、2011年4月、学校法人同志社は、関西学研都市・京都府木津川市・木津川台7丁目に、「同志社インターナショナル小学校(仮称)]を開校する予定であるという記事が掲載されていた。英語・日本語併用の小学校と英語だけの12年制のインターナショナルスクールを併設する計画だという。12/20(土)正式発表されるという。 

全国高校駅伝、過去5年間(2003年~2007年)の成績を見て

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 全国高校駅伝競走大会の2003年~2007年の過去5年間の8位までの入賞高校の顔ぶれを見た。駅伝強豪校とはどこなのか? コンスタントに成績をつけている高校はどこなのか?と興味が涌き、過去5年間の成績のポイント化を試みた。その年度の大会の1位を8ポイント、2位を7ポイントとし、8位1ポイントとして入賞高校のポイント数を合計してランク付けしてみた。
【男子ベスト5】
①仙台育英39 ②豊川工23 ③佐久長聖22 ④西脇工17 ⑤世羅15
【女子ベスト5】
①須磨学園33 ②興譲館30 ③諫早24 ④仙台育英17 ⑤常盤16

以上が、駅伝強豪校の顔ぶれとして位置づけることができる。

奈良育英の健闘を祈る~全国高校駅伝(女子)~

Photo_2  12/21(日)第20回全国高校駅伝競走大会に奈良県女子代表校として奈良育英(6年連続6回目)が出場する。昨年度は1.12.06で32位だった。今大会は1.12.58の記録で望む。故障者が多く出たという厳しい状況を乗り越え、県大会連覇更新をしての出場だ。本大会での奈良県最高順位は第2回大会(1951年)での添上高校の5位だ。奈良育英は目標を1時間10分台、10位台として掲げている。

 雑誌で「全国大会へ向けての抱負」を読んだ。その中の一文で「・・・日々の努力の成果と、応援してくださる皆様への感謝の気持ちをタスキに込めて、さわやかな笑顔で精いっぱい駆け抜けたいと思います。」と。奈良育英高校の都大路での健闘を心から祈る。

【最近本大会での成績】
2003年 50位 1.14.56
2004年 23位 1.11.46   
2005年 39位 1.13.33   
2006年 24位 1.11.17   
2007年 32位 1.12.06

智弁学園の健闘を祈る~全国高校駅伝(男子)~

Photo  12/21(日)第59回全国高校駅伝競走大会に奈良県男子代表校として智弁学園(14年連続24回目)が出場する。昨年度は2.08.10で15位だった。今大会は同校歴代ベストタイム2.07.20を記録した戦力充実したチームとして本大会奈良県初の8位入賞をめざす。

 本大会での奈良県最高順位は第6回大会(1955年)での郡山高校の9位だ。智弁学園は目標を2時間6分台、8位として掲げている。智弁学園高校の都大路での健闘を心から祈る。

【最近本大会での成績】
2003年 34位 2.10.08
2004年 26位 2.09.04   
2005年 21位 2.08.43   
2006年 37位 2.10.43   
2007年 15位 2.08.10

2008 全国高校駅伝競争大会展望

 12/21(日)、男子59回・女子20回高校駅伝が京都・都大路で開催される。師走のスポーツ大会として楽しみな時がやってくる。

 男子は佐久長聖(長野)悲願の初制覇、西脇工(兵庫)最多優勝校の復権、仙台育英(宮城)8度目の制覇、三つ巴の戦いか? 佐久長聖は昨年、仙台育英との最終トラック勝負で「0秒差」で2位となった。「史上最速の敗者」の苦杯を味わった。今大会は出場校中の最高タイム2:03:33を記録して悲願の初制覇に挑む。西脇工は、過去8度の優勝歴がある駅伝の名門校だ。昨年度は3位、今大会は出場校中2位の2.03.54で本大会に望む。仙台育英は昨年度の覇者だ。西脇工と並ぶ最多タイ8度目の優勝をめざす。今大会予選で2時間3分台を記録したのは、佐久長聖・西脇工の2校である。1997年に本大会で西脇工が記録した高校記録2.03.18を破る可能性が高い戦いとなるだろう。

【男子出場校予選大会タイムリスト・ベスト5(都道府県大会・地区大会】
①佐久長聖2.03.33 ②西脇工2.03.55 ③埼玉栄2.04.48 ④九州学院2.06.06 ⑤仙台育英2.06.10 ⑩智弁学園2.07.20

 
女子は立命館宇治(京都)史上3校目の連覇、須磨学園(兵庫)総合力で苦杯を良薬にできるか、豊川(愛知)最強のチャレンジャー、三つ巴の戦いか? 立命館宇治は連覇に挑む。過去大会では、仙台育英2連覇、埼玉栄3連覇を達成した。高校女子駅伝最強校への歴史へ挑む。須磨学園は2006年度優勝校である。昨年は5位と苦杯を喫した。今年度近畿大会では立命館宇治についで2位だった。駅伝名門が総合力で復権をめざす。豊川は本大会出場校中トップの1.07.22を記録した。最強のチャレンジャーとして名門校を相手に2回目の出場で初制覇へ突き進む。1996年埼玉栄が記録した高校記録1.06.26を破ることが出来るか。

【女子出場校予選大会タイムリスト・ベスト5(都道府県大会・地区大会】
①豊川1.07.22 ②立命館宇治1.07.39 ③須磨学園1.07.52 ④諫早1.08.43 ⑤興譲館1.08.48 45位奈良育英1.12.58

2008年12月19日 (金)

第16回全国中学校駅伝 12/21(日)号砲

 第16回全国中学校駅伝が、12/21(日)山口県セミナーパーク・クロスカントリーコースで、男子は6区間18km、女子は5区間12kmで行なわれる。奈良県代表は男子:香芝東中学校(初出場)、女子:天理西中学校(3年連続4回目)が出場する。両校の健闘を祈る。

「第16回全国中学校駅伝」公式サイト

2008年12月16日 (火)

高校サッカー選手権トーナメント表を見て

 第87回全国高校サッカー選手権大会は48チームが出場する。各ブロックの予想が「報知高校サッカー」「サッカーダイジェスト」掲載されていた。そのブロックを勝ち抜けばベスト4となる。今年はベスト4になっても国立競技場でゲームは行われず埼玉スタジアム2002で準決勝が行われ、開幕戦と決勝戦のみが国立競技場でのゲームとなる。

 奈良県代表一条高校が属するブロック12チームの予想は、「報知高校サッカー」では、野洲、大津、藤枝東、北越、桐光学園。「サッカーダイジェスト」(12/30No.981) では、野洲、大津、藤枝東、桐光学園、岐阜工業、鹿島学園を挙げていた。あくまで予想は予想でしかない。ゲームはやってみなければわからないのだ。

「第87回全国高校サッカー選手権大会」公式サイト

報知「高校サッカー」発売!

Img  今晩、職場からの帰路、近鉄奈良線富雄駅前のジャパンブックスで、報知グラフ1月号「報知高校サッカー」を購入した。例年、この季節には必ず購入するという習慣がある。自宅に帰りその雑誌を繰りながら確認した。

 奈良県代表一条高校には、わがクラブ「ソレステレージャ奈良2002」出身選手が3名エントリーされていた。また奈良県出身選手では、県外高校において大阪桐蔭高校(大阪)3名、京都橘高校(京都)3名、作陽高校(岡山)3名がエントリーされていた。高校サッカー選手権大会へ出場する奈良県出身選手全員の健闘を心から祈る。

全国高校サッカー 奈良県代表一条高校 壮行試合結果

12/14(日) 奈良県立橿原公苑陸上競技場
徳島商業(徳島代表) 2-1 一条高校(奈良代表) (0-0/2-1)

 12/16(火)奈良新聞記事によると、サイド攻撃光り中盤支配も徳島商業に惜敗と記されていた。本番は、歴史上も若者たちの聖地である国立競技場での開幕戦である。奈良県代表としては久しく3回戦進出がない現実の中で、まずは初戦を突破して次の高みへと、風穴をあけてくれることを心から願っている。

2008年12月15日 (月)

ソレステレージャ奈良2002 関係各位へ

 「ソレステレージャ奈良2002」Webサイトは、不正アクセス頻発により、12/15(月)現在、Webサイトの全面縮小の対応をしており、トップページ以外は閲覧することができない状況としております。

 個人的な嫌がらせ、クラブに対する非難等の書き込みによるWebサイトパニックではなく、全く異質の不正アクセスであることことを報告させていただきます。確認しておりますのは、国内からではなく、国外からの無差別の不正アクセスによるWebサイト攻撃であると報告をいただいております。Webサイト運営先からの依頼もあって、昨日、奈良県警察本部サイバーテロ対策室へ届出をいたしました。

 現在、トップページは閲覧できる状況です。トップページ掲載については、管理者しか書き込みできない状況となっています。また、トップページにリンクされている私のブログは閲覧できます。ソレステレージャスタッフで緊急に試合予定、時間、場所、集合場所等の連絡を伝えたい方は、管理者か私の方までメールを頂ければ掲載可能です。

 地道に積み重ねてきた者たちへの理不尽な行為であるとあきれかえっております。ただ、昔はWebサイトがなかっても活動をしていた事実があります。Webサイトが今なかったとしても、原点に帰って、Face to Face! 今までどおりに何不自由なくサッカー活動は継続していけるさ。

2008年12月14日 (日)

「ソレステレージャ奈良2002Webサイト」の閲覧不具合について

「ソレステレージャ奈良2002」Webサイトが、12/14現在、アクセスをしていただいても、閲覧できない状況になっております。アクセスしてご覧になっている方々には多大のご迷惑をおかけいたしております。
 原因は、不特定多数を対象にしたプログラミングによるWebサイトへの攻撃であると管理者から報告を受けました。
 本日、奈良県警察本部サイバー犯罪対策室へ、「ソレステレージャ奈良2002」として管理者から届け出を電話にて報告いたしました。
 今夜には、「ソレステレージャ奈良2002」Webサイトトップページを再開する予定です。ただ、不具合の状態での再開となります、皆様にはご迷惑をおかけいたしますが、何卒ご了承の程よろしくお願い申し上げます。

2008年12月14日 12:21
NPO法人ソレステレージャ奈良2002 
代表 塚 本  茂

AC長野パルセイロ選手諸君へ ~心を込めての讃歌~(1)

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 12/6(土)長野市・長野バスターミナル会館で開催された「AC長野パルセイロ懇親会」に参加してから1週間が経った。奈良市二名春日の自宅に戻ってからも、懇親会が終了しその会場から送り出していただいた時、廊下に響きわたるほどに君たちが私の名を呼んでいただいたエールの声が幻聴のように、私には今も心地よく聴こえ続けている。君たちは「Good Fellows」(いい奴ら、すてきな奴ら)だ。

 素直に言えば、私は懇親会に参加することを迷っていたことは確かだ。「行かなければならない!」という気持ちと「そこまで行く必要はない!」という思いが神と悪魔の対話のように私の脳裏を駆け巡っていた。大阪・鶴橋駅の「みどりの窓口」で長野までの乗車券・特急券を購入した瞬間に、悪魔はすべて消え去った。

 当日、「特急しなの号」に乗り、中央本線南木曽駅を過ぎ、十二兼駅(じゅうにかね)にさしかかった時、今年初めての雪景色を見た。雪国に住まない私には申し訳も無くも美しく見えてしまった。その瞬間から、南長野、福井でのピッチ、また「びんずる祭り」の夜に出会った君たちに逢いたいという気持ちが強く募った。壮年男の身勝手な思いでしかないのだが。

 12/6(土)夜、実に素敵な懇親会だった。君たちが主導して企画・進行していた。さまざまなサポーター・関係者への感謝の気持ちが素直に現れていた。私は選手全員に声を掛けたいと思いつつも時間が許さず、実現できなかったことを心残りに思っている。ただ、君たちの幾人かには挨拶し、また選手全員の姿を見ながら、私は、間違いなく君たちは「Good Fellows」(素敵な奴ら)だと心に刻んだ。

 サッカーに取り組んできた者たち、どこかでサッカーと出会い、さまざまな人々との支えを受けながらも今まで継続してきた者たち、そこには、勝利・敗北などという価値以上の最も大切なものが自然と現れて醸し出されていた。

 私は微力ながらも子どもたち(小中学生)のサッカーに関わっている。その活動の中で、ゲームの勝利を目指す過程で、最も大切な「
Good Fellow」(いい奴)、「Good Luser」(敗れざる者)という人間存在に大人になった時になってほしいと異端であるかもしれないが願い続けている。そのことが、サッカーに関わる私の本質的な一番の優先順位だ。私が念じている子どもたちの未来の姿が、現実に君たちの姿の中に垣間見た。そのことは私を勇気づけた。

AC長野パルセイロ選手諸君へ ~心を込めての讃歌~(2)

Img  君たちは、W杯には出場したことも無い、日本代表選手、J1、J2選手でもない。その選手たちと比較して技術・戦術では劣ると評価されるのだろう。しかし、そのようなことは私にはどうでもよいことだ。地域リーグの有能な選手である君たちは、私にとってかけがえの無い人間存在であると考えている。

 君たちがサッカーと出会い、それから多難があっただろうと推測する。人から多様な理不尽な言葉を投げつけられたこともあっただろう。それが非難であったり、なぜそこまでサッカーをするのという怪訝さであったりと。また怯むこともあったであろう。しかし誰がなんと言おうが君たちは今まで、さまざまな人々の想いを受け自分自身の信念を貫き、競技としてのサッカーに己を捧げ生かしてきた。君たちはどのように思うかもしれないが、そのことを私は少しぐらいかもしれないが理解している。だからこそ、私は心の奥底から君たちを、私自身の最高の称号としてのサッカー選手であるとともに素敵な若者だと呼びたい。

 クラブ懇親会が終了して、君たちは出口でさまざまな人々を見送った。私が会場をあとにしようとした時、廊下の両側に並び送り出してくれた。私の名「塚本茂」を呼びエールをかけて頂いた。想定もしていなかった。わが人生の中で初めての体験だった。これから私はAC長野パルセイロ選手として大切なゲームのピッチに立つ選手なのかと自分自身で身勝手にも錯覚し興奮した。でも、そのように思うこと事態には罰があたる。ただ無名の55歳の壮年男に対するわが人生への応援歌と受け止めている。

 君たちの若き勇々しい血おどる声のアーチをくぐりながら、55歳でありながらも狂乱乱舞したいという情念が涌いた。若き君たちの情熱の回廊の中での乱舞を夢想した。ただ君たちの前で自分自身の感情をあらわにすることを躊躇した。年齢を重ねることは良いことなのかどうか判断しきれないが、厭わしき理性が自分自身の素直な感情を抑圧した。

 クラブ
懇親会が終わり長野バスターミナルから宿泊先のホテルへの夜の道すがら、君たちのエールの声が耳に響きわたったままだった。ひとりになった時、君たちの前で抑圧した感情が一気にほとばしった。網膜の奥が濡れ、それが頬に流れ溢れた。道行き通りすがる女性は怪訝な視線を私に向けた。それは当たり前のことだ。夜道を歩く風袋芳しくも無い壮年男がひとり涙を流して歩いているのだから。

 
世間では普通という感覚がある。それを常識というならば、彼女の視線は常識的だった。彼女から見て、私は今宵、女性につれなく振られたしがない男に写っていたのだろうか?それ以外にどんな姿に写ったのだろうか? その夜、私は彼女の常識的な視線から想像をつかないほどにかけ離れていたのだ。

 私は
常識もつ普通の人間だと自負している。悲しい時は涙を流す。また嬉しい時も涙を流す。あの日の夜道は、サッカーに取り組むことで育った素敵な若者たちと出会え、その若者たちが愚鈍なる私にエールを送ってくれたという筆舌しがたい嬉し涙だった。

 
AC長野パルセイロ選手諸君へ、あの声高らかに廊下に響きわたった私へのエールに心からの感謝を申し上げたい。そのエールを私は一生忘れることはない。最後に、「Good Fellow」(いい奴)「Good Luser」(敗れざる者)である君たちのサッカー人生に敬意を表するとともに、今後のサッカー・人生の本当の豊かさと幸せを願いつつ、大和まほろば・春日から私自身の心をこめての君たちへの讃歌とする。

「カルメン」と「アルルの女」のレコード

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 「レコード」という代物がある。音楽媒体としてかつては花形ではあったが、時代の趨勢とともにその存在を他の媒体に譲ってしまった。かつて、小遣い、アルバイト代を手に持ち「レコード店」でその大きなジャケットを見て気に入ったものを購入し家に帰り、路地裏の部屋にある「卓上ステレオ」でその音楽を聴いた時の新鮮な刺激を今も覚えている。

 「レコード」は大きく重い。「CD」が出だしてからは、その大きな代物が私の部屋の重みになってしまった。本とレコードの重みに私の部屋が耐え切れるのだろうかという危機感が襲った。15年前に、私は「レコード」の大部分を身を切られえるような気持ちで処分した。もし、私の家が邸宅であり、補強された書庫や収納庫があれば、「レコード」はその運命を免れたのかもしれない。確固とした経済を生み出しえなかった私の人生の憂いである。ただすべてを捨て切れなかった。今も50枚ほどの「レコード」が、ささやかにも本棚の最上部に鎮座している。

 上の写真は、ビゼー「カルメン」「アルルの女」のカップリングのレコードだ。アンセルメ指揮スイスロマンドオーケストラが演奏している。キングレコード1966年とある。私はこのレコードを購入した時を覚えている。1969年、私が高校1年生の時だった。大阪市東成区新橋通り商店街にあるレコード店で購入した。高校入学祝いで祖母から「卓上ステレオ」を買ってもらった。レコードなど買ったこともなく、最初は祖母が持っていた民謡、浪曲、軍歌などの「ソノシート」をかけて聞いていた。その音楽の影響は今も残存しているのだが。ある日、祖母が「大きなレコードを買っといで」と私に2000円を与えた。

 私は新橋通のレコード店へ行き、多くのレコードが並んでいるのを見ながら、何を買ったらいいのか自分でもわからなかった。初めての体験だった。その中で、中学校の音楽の授業で鑑賞した「カルメン」があった。その曲が好きだった。これにしようと発作的に、このレコードを買った。生まれて初めて買った大きなレコード(LP盤)がアンセルメ指揮のビゼー「カルメン」「アルルの女」だった。あれから40年、捨てきれずに、このレコードは私の部屋に存在し続けている。

信濃毎日「立ち止まらず」を読んで~AC長野パルセイロへの讃歌~

2008126  12/6(土)付、信濃毎日新聞朝刊の「立ち止まらず」というAC長野パルセイロ代表・丸山朗氏の一文を翌日ホテルで読んだ。懇親会の席上でその記事の話が出た。知らなかったので読んではいなかった。翌日早朝にホテルフロントへ行き、「昨日の信濃毎日の朝刊はありませんか?」と尋ねた。その担当者は「少々お待ちください!」と私に伝え事務室の中へ消えた。しばらくして新聞を手にして私の前へきて「どうぞ!」と手渡していただいた。

「声もなくうつむいてバスに乗り込む選手たちを、サポーターは最後まで温かく見送ってくれた。結果がすべてのこの世界で、結果を出せなかった選手たちに向けてくれた優しさをわれわれは決して忘れない。」
「ここで立ち止まってしまっては、今までの努力は無駄に終わってしまう。強豪がひしめく北信越リーグでの優勝、全国社会人大会での長野県勢初の優勝と、歩んできた方向は決して、間違っていなかったはずだ。来年も絶対にあの過酷な舞台に立つ。今度こそ、必ず勝利する!」と丸山代表の一文が記されていた。

 AC長野パルセイロという「クラブ」を知り、ずっと興味を抱き続けている者として、頻度は多くはないが長野へ出向き、サポーターやボランティア、スタッフ、選手を垣間見る機会を得た。PlanDoCheckActionのサイクルの中で、確かに2008年度の結果として、最終目標は達成できなかったという事実があるが、そのことでプロセスが誤りだとは誰もいえない。確かに最終結果はつかなかった。それはプロセスをしっかりと踏みながらも、ちょっとした女神の不機嫌で微笑まなかっただけに過ぎない。

 ホームゲームを南長野運動公園で観戦した時、先日行われたクラブ懇親会に出かけた時、サッカーマニアではなく老若男女を問わず、一見サッカーに関係ないと思えるような多くの普通の人々が、情熱をもってAC長野パルセイロに声援を贈っている光景を見た。また、ホームゲームでは多くのサッカーボランティアが楽しそうに一生懸命に取り組んでいた。そのことは長野市にサッカー文化の萌芽と基盤を築きつつあるという大きな財産を形成しつつある証明である。

 JFL、J2、J1昇格という目標実現は言わずとも重要なことではある。しかし、それ以上に、その目標実現に邁進する過程で、真の「サッカー文化」が形成されるかどうかということがより重要であると考えている。その観点から、今後、更なる高みへとC長野パルセイロはきっと大きく踏み出すに違いないと確信をもって言うことができる。AC長野パルセイロの来季よりの健闘を祈念しつつ、同クラブへの讃歌とする。

P.S. 1/16日~18日、「フットボールカンファレンス」に参加するために石川県・金沢市へ出かける。AC長野パルセイロスタッフの方も参加されると懇親会場で聞いた。その地で出会えることを心から願っている。

2008年12月13日 (土)

「インド仏立像」の絵葉書

Photo_3 Photo_4  「インド古代彫刻展」で購入した絵葉書3枚の内の一枚だ。本棚から突然といえるほどに現れた。封筒の裏面には、「京都会場 京都国立博物館 1984年5月22日(火)~7月8日(日)」と印刷されていた。24年前のその期間のある日に訪れ、この絵葉書3枚を購入したのだろう。その日付は特定できない。また、その時の記憶ははっきりとはしない。ただ、現実にこの絵葉書がある。30歳頃だったのだろう。インドとかガンダーラの地に憧れを抱いていたのは事実だ。その絵葉書の裏面に、「仏立像 6世紀 サールナート出土」とある。若かりし頃に、その展覧会へ出かけて購入した絵葉書を見ながら、その仏立像を今も「美しい」と思う私がいる。

子どもたちは、美しい建築に見守られながらサッカーに興じていた!

Photo_2  12/6(土)午後、松本市・開智小学校グラウンドで、子どもたちはボールと戯れていた。サッカーチームなのだろう。コーチが何人かいた。重要文化財・旧開智学校を望みながらボールを追いかけていた。美しい建築がある風土の中でボールを追いかけている子どもたちには、今、そのことの豊かさを感じとることは出来ないかもしれない。しかし、時が経てば経つほどに、振り返った時にその時間がどれだけ豊穣な時だったかを、どこにもないすてきな風土であったかを感じることだろう。

京都・大山崎 「聴竹居」に惹かれ

 京都・大山崎の山腹に「聴竹居」(ちょうちくきょ)という平屋建ての和洋建築がある。1928年に建築家・藤井厚二がモダニズムと数奇屋造りを融合させたその当時の実験住宅である。その先駆的な試みは、現代においてなお一層輝きを増している。その建築が本格的に公開されるという。「聴竹居」を訪れてみたいという好奇心がうずいてくる。

「聴竹居」公式サイト

信濃毎日 連載記事 「風土と哲学~日本民衆思想の基底へ」

 12/6(土)付、信濃毎日新聞朝刊が手元にある。出かけて行った地域で地方新聞を買って読むという習慣が私にはある。今回は買うことなく、一日遅れの12/7(日)、長野市役所前駅近くにあるビジネスホテル「ホテルナガノアベニュー」のフロントでいただいた。ソファーに座りながら毎土曜日に連載されている哲学者・内山節氏が執筆した「風土と哲学~日本民衆思想の基底へ」の102回目の連載記事「無事な社会をつくるには」を読んだ。102回の内、2-3回しか読んではいないが、その連載記事に興味を抱き続けている。「風土」「哲学」「日本民衆思想」というキーワードに誘われているのだろう。

 「伝統的な民衆の精神から学びとる必要がある。自然と結ばれていた人々はどんな精神を持っていたのか。地域とともに生きた人々は、何を考えていたのか。彼らはどのようにして無事な社会をつくろうとしていたのか。近・現代の総決算の時代を迎えて、求められているのは、過去から学び、新しい想像力を創出することである。」(内山節)

 今年の夏にその連載記事をはじめて読んだ時、内山節氏がどのような方なのかを、無知な私は存じ上げていなかった。その後、著名な哲学者であることを知った。この連載記事が単行本として刊行されることを願っている。歴史の中の民衆・庶民の思い・想いに興味を抱き続けている者として、その時は購入してじっくりと読んでみたい。

「哲学者 内山節」 オフィシャルサイト

「もう一回だけ・・・!」という言葉を聞いて

 先週金曜日、母に逢うために病院へ行った。少し元気そうだった。ちょうど夕食の時間だった。以前に比べて食欲があるようだった。「ちょっとでも食べなあかんから。この病院の豆腐は美味しい」と痩せて小さくなった体から、か細い声で言った。「もう一回だけ、あそこへ帰りたいなあ!」とつぶやいた。「帰ってくるの、待ってるでぇ」という隣のおばちゃんの言葉が聞こえたのだろうか? 帰りたいと願う場所は、母が生まれ80年過ごした鶴橋・大成通りの路地だ。

 母は昔から体が弱かった。幾度、病院に入院したことだろう。数え切れない。その都度、退院してあの生まれ育った路地へ帰った。人から見れば快適さから程遠く、美しくもなく薄汚れた路地であったとしても、そこで生まれ育ち、80年間住み続けている者にとっては、希望と生きる力を呼び起こす大切な場所、パトリ(郷土)なのだ。「また、帰れるさ!」。

観音さまのような声色だった!

S3606  私の母は大阪・森之宮駅近くの病院に入院している。母の見舞いのため出かけ病室へ入った。カーテン越しに声が聞こえた。あれと思いながらカーテンの端からベッドを覗き込んだ。そこに3人の老齢の女性がいた。わが大成通りの路地裏のおばちゃん連中だった。正確に言えば、昔おばちゃんだった今は70歳後半のおばあちゃんたちだった。母の見舞いに来ていただいていた。

 おばちゃん連中が見舞いに行きたいと言っていたけれど、引き止めていたということを、前日に私は妹から伝え聞いていた。その引き止めていたおばちゃんたちが母のベッドのそばにいる。その行動の早さにに驚いた。だが母は意識朦朧の中でベッドに横たわっていた。

 昭和のはじめから70年あまり、私の実家の隣に住むおばちゃんは、私の母とは隣同士、大成通り(現玉津)の路地裏で暮らしている。母・隣のおばちゃんの互いが、家族、路地裏の喜怒哀楽を見続けてきた。上の写真は路地裏のおばちゃんたちと和歌山・和歌の浦でのものだ。昭和33年6月とアルバムに日付が記してあった。この写真に写っている人々の中で、今、存命なのは私と隣のおばちゃんだけになった。中央が満6歳の私、その後ろに祖母、私の左横が隣のおばちゃんだ。今、私は55歳になり、おばちゃんはすでに80歳近い年齢だ。

 ベッドに横たわる母に寄り、その傍らから、おばちゃんは母に声を掛けた。「帰ってくるの、待ってるでぇ!」と病室の静けさの中、柔らかでまろよかな癒されるような声色だった。まるで観音さまのようなだった。母に聞こえたかどうかはわからない。しかし、私は確かに心地よい音楽のように聴いた。70年余り偶然にも赤の他人が隣同士に住み、姉妹のように時を過ごしてきたその確かな絆の証を心に刻みながら聴いた。感謝!!

「今里やきそば」を食べてあの頃を・・・・・!

 12/1(月)朝日新聞夕刊の記事で、「ご当地焼きそば」、アスパラ会員が選んだ日本一という小さな記事を読んだ。1位富士宮焼きそば(静岡)、2位オホーツク北見焼きそば(北海道)と並んでいた。続いての3位「今里焼きそば」という文字を見た時、脳裏の中を興味がかけめぐった。

 「今里」、「焼きそば」という二つの単語は、大阪市東成区今里ロータリー近く、新橋通商店街入り口西側にあった天津甘栗屋とパチンコ店にはさまれた、二軒の同じような小さなやきそば屋が隣接して並んでいたことを私に思い出させた。小中学生だった頃によく食べに入った。下町っ子として、「そのやきそば」の匂いと味は今も忘れられない。

 新聞紙上で見た「今里焼きそば」が、私が思い描くあの「今里の焼きそば」なのかどうか、全く無関係なのだろうか、興味と疑問を抱きながらインターネットで「今里焼きそば」検索した。ヒットした。「焼きそば専門店 大阪今里やきそば」、そのWebサイトを開き確認した。「今里焼きそば」の写真が掲載されていた。あの頃の「今里の焼きそば」だった。店主が記した「こだわりの理由」を読んだ。確かに、私が思い描く「今里のやきそば」だった。

 その味が本当にあの「今里のやきそば」なのだろうかという疑問を解明するために。その店の場所を確認した。近鉄大阪線・長瀬駅(近畿大学前)徒歩5分、大学通り商店街にある。私の勤務先である近鉄八尾駅からは帰路に途中下車できた。12/2(火)職場からの帰路に長瀬駅で途中下車した。

 「今里やきそば」と生ビールを注文した。生ビールを飲みながらどきどきしながら、出来上がるのを今か今かと待ちわびた。ついに出来上がった。私の前にその焼きそばがあった。あの頃のように「コショウ」をかけて食べた。「今里焼きそば」は、間違いなく私の思い描く懐かしい「今里のやきそば」だった。

 生ビールを飲み「今里やきそば」を食べながら、かつての大阪市電の今里車庫、そこから出て行く花電車、今里ロータリー、新橋通商店街のにぎわいの光景を、父親に連れられてよく食べに入ったこと、友だちと二軒並んだ店の前でどちらに入ろうかと迷ったことを想い出していた。

 味覚はただの一瞬の快楽を生み出すものだけではなく、その味覚を経験した時の臭覚、視覚、聴覚、触覚を目覚めさせる。その時の記憶を鮮やかに浮かび出させる。「今里のやきそば」を食べることは出来ないだろうと思ってはいたが、その夜、「今里やきそば」を食べて、懐かしき匂いと味を、そして、あの頃を思い出した。

「大阪今里やきそば」の店主へ敬意を表するとともに心から感謝申し上げます。

「焼きそば専門店 大阪今里やきそば」Webサイト

2008年12月12日 (金)

旧松本カトリック教会司祭館

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 12/6(土)午後、旧開智学校を立ち寄った後に、隣接する青の建物が目に入った。熱いコーヒーでも飲みたいと思い、その建物中に入ろうとした。てっきり喫茶店だと思いこんでいた。入り口で一生懸命に掃除をしているおばさんに会った。完全に錯覚していた。そこは、「旧j松本カトリック協会司祭館」という長野県の、「県宝」に指定されている重要な建物だった。

 明治22年に建築された西洋建築だ。アーリーアメリカン様式が、まるで喫茶店かレストランに見間違えてしまった。不覚であった。青が鮮やかな色合いを醸し出した素敵な建築だった。

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2008年12月11日 (木)

中京大学サッカー部 準決勝で敗れる! インデイペンデンスリーグ2008

 12/11(木)インディペンデンスリーグ2008、第6回全日本大学サッカーフェスティバル大会の準決勝で、中京大学体育会サッカー部は福岡教育大学に1-2で敗れ、決勝進出を果たせなかった。全国大会でベスト4に進んだということを胸に刻み、また一歩を踏み出せばよい。東海の雄としての誇りを抱きながら。次はいよいよトップチームの大学選手権大会(インカレ)だ。

準決勝】 大阪長居第二陸上競技場
福岡教育大学 2-1 中京大学 (1-1/1-0)

「全日本大学サッカー連盟」公式サイト

「ブラジルのホモ・ルーデンス」~サッカー批評原論~

Img_0001 著者:今福龍太/;発行:月曜社(2008.11)/定価:1800円+税/P.197

「円形の遊戯的宇宙 勝敗原理の抑圧と評論に叛乱するサッカー批評の戦闘的論考」
「勝利や戦術といった概念に、サッカーのすべてを売り渡してしまう必要はないのだ」


【コンテンツ】 起源論/伝播論/儀礼論/本能論/陶酔論/戦術論/遊戯論/ファンダム論/時間論


 私と同年代の著名な文化人類学者が記したサッカーの本質を問いただした文化人類学的サッカー論である。著者はサッカーの本質的、根源的な意味をブラジルという特異なサッカー王国とその選手の中にに見出している。

 「個人技とは、けっして一人のプレーヤーの個人的特性として他者の身体から峻別される単独の技量ではなく、むしろ、厚みのあるサッカー文化とサッカーへの継続的な情熱が継承してきた、集団的身体性の時間を隔てての顕れにほかならない、と。すなわち究極の個人技とは、集団の伝承なのである。」

 ブラシルというサッカー王国で、ピッチ内外でボールに興じる人々は、「ホモ・ルーデンス」なのだ。ボールの「遊び人(あそびびと)」というサッカー文化が継承されている。だからこそ、ブラジルサッカーは魅力を放ち続けている。信州への旅の往復路に、この魅力的かつ刺激的な本を読んだ。サッカーは「円形の遊戯的宇宙」なのだ。

「旧制高等学校記念館」に立ち寄りて

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 12/6(土)夕刻に、松本市「あがたの森」にある「旧制高等学校記念館」へ立ち寄った。ギャラリー企画展「第八高等学校創設100周年記念展」が開催されていた。企画展入口にあった入館名簿を見た。北九州市から来られた女性の名があった。第八高等学校を卒業された方の配偶者なのだろうか、娘さんなのだろうか、旧制高校へ興味を抱かれている方なのだろうか、それとも旅人なのだろうかと、その女性の名を見ながらさまざまな想いを巡らした。

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「あがたの森寮歌コンサート」というCD(定価1000円)を購入した。33曲の寮歌集だ。今宵も「春寂寥」を口ずさみながら聞いている。寮歌はその時代の学生文化の遺産である。毎年開催される寄宿寮の記念祭の日に、その年度の記念祭歌が学生・教授また外部の人々によって作詞・作曲された。広い意味では、応援歌等も含んでいる。

 寮歌はまたその時代の雰囲気を象徴している。明治時代後半では、「嗚呼玉杯に」のような理想主義、大正初期には「都ぞ弥生」のような浪漫主義、大正中期には「春寂寥」のような抒情主義の寮歌が作られた。旧制松本高校寮歌「春寂寥」は、抒情主義時代の名歌である。

「旧制高等学校記念館」公式サイト

「春寂寥」

2008年12月 9日 (火)

嗚呼! 「あがたの森」

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 嗚呼!わが若き日の憧れであった。古臭い人間なのだろう。かつての旧制松本高校、その継承大学としての信州大学に憧れを抱いていた。ただ憧れを抱くだけで、努力を怠り今に至る。ただ、今も憧れは心の中で抱き続けている。だからこそ、「あがたの森」、その地を訪れた。

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 松本城から徒歩で20分ほど歩いた。旧制松本高校跡地の「あがたの森」へたどり着く。もうすでに夕暮れ時だった。若かりし頃に、旧制高校の雰囲気に憧れた。一番は旧制松本高校だった。信州大学へ進学したいと想いを抱いていた。

 第二番目は第四高等学校の系譜の金沢大学だった。想いだけで努力を怠った。いや想いほどには自分自身の能力はなかった事実がある。あれから、幾星霜、己の能力、努力の無さを認識しながらも、愚かにも今もなお憧れ続けている。笑止千万と言うことしかない。

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 木々の中に旧制松本高校跡地の碑があった。「われらの青春ここにありき」。わが憧れの地に立ち、他者がなんと言おうと、外見は変われども今もなお、あの憧れを抱いた日々と、それほど変わっていない55歳の自分自身がそこにいた。

旧開智小学校に佇みて

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 旧開智学校は明治時代表的な洋風建築で地元出身で東京で西洋建築を学んだ大工棟梁の立石清重により設計、建築された。重要文化財である。信州の地にこの建築が存在していることに不思議な喜びを感じる。

 かつて隠れキシリタンという人々がいた。いかなる迫害にも信念を曲げず信仰を貫いた。その人々とも比べようも無いほどに俗物、卑小な存在かもしれないが、少なくと私は、やまとまほろば奈良に住みながらも、隠れ信州人といえるほどに信仰のようなものを抱き続けている。旧開智小学校の青の彫刻を仰ぎ見ながら今想う。

2008年12月 8日 (月)

松本城天守閣の中へ

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 月見櫓から信州の山並みと青い空、白い雲を眺める。夜になれば、月見には格好の場となるのだろう。一度はこの月見櫓から、盃を手に夜空に妖しく照る月を見てみたいものだ。

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 天守閣jの最上部・天守六階まで狭く急な階段を登りたどり着いた。東の窓から眼下に本丸御殿跡を望む。彼方になだらかな山並みが背景として美しい姿を醸し出している。

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 天守六階から上を見上げた。井桁張梁でガッチリと組まれ、天井には松本城を守る「二十六夜神」が祭られていた。何百年もの間、松本城を見守り続けていたのだろう。

2008年12月 7日 (日)

国宝「松本城」の雄姿

 12/6(土)昼すぎ、松本城へ出向いた。現存する国宝天守閣は、姫路城、彦根城、犬山城、そして松本城の4つだ。烏城と呼ばれ、その姿は美しい。さまざまな角度から天守閣を眺めた。国宝「松本城」天守閣の雄姿を写した。

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信州・長野から奈良へ帰還した!

 12/7(日)9:00長野発、特急「しなの6号」に乗った。名古屋着11:59、新幹線「ひかり」に乗り換えて京都着12:37。京都駅で昼食を摂り、14:45富雄の自宅に帰還した。

 12/6(土)夜、AC長野パルセイロ懇親会は有意義で楽しい時間を過ごさせていただいた。100名余りの方が参加されていたのだろうか? それぞれがリラックスして楽しい時を過ごされていた。すごくよい雰囲気の懇親会だった。選手たちが司会・企画・進行をし場を盛り上げていた。

 料理の方はあまり食べずにビールを飲んでいた。選手、スタッフ、また個人的にお世話になった多数の方々と会話を交わすことができて素直に喜んでいる。また、プレゼントを頂き恐縮している。私などが本当にいただいて良いものだろうか? ふと今も気にかかる。

 その夜、ホテルへの帰り道にお腹がすいたのと飲み足らなかったので、長野駅近くの民芸居酒屋「飛騨」でビールを飲み、久しぶりに馬刺しを食べた。美味しかった!

 遠路、奈良から出かけていって正直によかったという思いを抱いている。選手、スタッフ、サポーター各位に心から御礼を申し上げます。

2008年12月 6日 (土)

今日、信州・長野へ

 今日、長野市・長野バスターミナル会館で開催されるAC長野パルセイロ懇親会に参加するため、信州・長野市へ出向く。朝、奈良を出発して、松本駅で途中下車する予定だ。町を歩き夕刻に長野駅に着く。奈良へ帰ってくるのは明日の夕刻になる。

富雄駅発6:58→ 大和西大寺駅発 7:18→ 京都駅発 8:09のぞみ208号→ 名古屋発9:00しなの5号→ 松本着11:03 町を散策 松本発15:00→ 長野着16:00 

2008年12月 5日 (金)

国宝「長弓寺本堂」を訪ねて

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 真弓山長弓寺は、生駒市上町にある。私の自宅から富雄川沿いに北へ徒歩25分の場所にある。真言律宗の寺院で、小野真弓長弓(おののまゆみながゆみ)を悼み、聖武天皇が僧・行基に創建させたと伝承されている由緒ある寺院である。本堂は国宝で、鎌倉時代の仏堂の代表作といわれている。
 

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 このような場所をゆっくりと散歩するのも心が落ち着き心地よい。通勤電車に揺られ、毎日、時間に追われ、泳げたいやき君のような生活をしていると、何か大切なものを忘れ去っていくような気がしてならない。現代という時代には、老いも若きも、人はゆっくりと時を過ごすことも必要なのだろう。

久しぶりに「ラティーナ」を買って

Photo  今日、久しぶりに、世界の音楽情報誌「LaTIna(ラティーナ)」12月号を買った。表紙の「愛に溢れたディーヴァ、オマーラ」というコピーに惹かれた。キューバの歌姫、オマーラ・ポルトゥオンドの記事が掲載されていた。60年間も歌い続けているという。

 キューバという国は社会主義国家、カストロ、チェ・ゲバラが革命を起こし社会主義体制を敷いた。アメリカとは目と鼻の先にある。ハバナという町とキューバ音楽からどうしても社会主義国家であるというイメージが私にとっては薄い。その国は独特な匂いを放っている。

 アストル・ピアソラの盟友、フェルナンド・スアレス・パス(ヴァイオリン)とタンゴピアノの巨匠、オズバルド・レケーナがデュオを組み、来年1月から4月までの3ヵ月間にわたり、民音創立45周年記念公演として全国を巡る。奈良公演は無いが、3/3(火)大阪公演があるので、出かけてみたいものだ。

「ラティーナ」公式サイト

「オズバルド・レケーナ スアレス・パス公演」Webサイト

2008年12月 4日 (木)

「凍」(とう)

Photo  著者:沢木耕太郎 発行:新潮文庫(2008.11) 定価:552円+税 P.366

「妻ととともに美しい氷壁に挑み始めたとき、2人を待ち受ける壮絶な闘いの結末を知るはずもなかった。絶望的状況下、究極の選択。鮮やかに浮かび上がる奇跡の登山行と人間の絆、ノンフィクションの極北。」と文庫本の裏表紙に記された一文は、読後してなんらその言葉に違和感を抱くこともなかった。山岳ノンフィクションとしての最高の作品だと思う。読み終えた後も感動などを通り越した不可思議な余韻が私の心の中に漂った。

 世界最高峰のエベレストの隣にそびえるギュチュンカンへの登攀、クライマー夫婦の峻烈な闘いのものがたりだ。妻は以前の山行で手足の指を凍傷で切断されている。2002年、ギュチュンカンを2人で目指した。夫は単独で頂上に立ち、その後2人は苦闘の末、生命も危ぶまれる中で下山した。今度は夫が凍傷のため手足の指を10本切断した。壮絶な情熱と愛の詩だ。

 彼、山野井泰史は、その後もクライミングし続けている。山に登ることは生きることなのだ。ただ頂上を踏むことが目的なのではなく、「美しいラインを描いて登る」ことにこだわったのだという。結果だけがよければよいというのではなく、その過程の美しさにこだわり結果に結びつける。そのことがすべての領域での考え方に通ずるものなのだ。

 スポーツ関係者には一読して欲しい本だ。我々は、「美しいラインを描いて」、それぞれの目標、高みに向かって登り続けているのだろうか?

「山野井泰史」Webサイト

「山野井泰史・クライマー/情熱大陸」Webサイト

中京大学体育会サッカー部優勝! 8年ぶり22回目 東海大学サッカーリーグ

 中京大学体育会サッカー部が、東海大学サッカーリーグで8年ぶり22回目の優勝を飾った。第57回全日本大学サッカー選手権大会(インカレ)に出場する。1回戦は、12/20(土)東京・江東区夢の島競技場で、広島経済大学と対戦する。インカレ制覇を心から祈る。

 また、トップチームに続く下部チームが、インディペンデントリーグ2008第6回全日本大学サッカーフェスティバル大会に東海代表として出場する。12/9長居陸上競技場でゲームが行われる。優勝を勝ち取って欲しいと願う。

 中京大学体育会サッカー部の百花繚乱を心から願う!!

「東海大学サッカー連盟」公式サイト

「第57回全日本大學サッカー選手権大会」公式サイト

「全日本大学サッカー連盟」公式サイト

2008年12月 3日 (水)

昭和35年8月(1960年)和歌山日御碕にて

3508 昭和35年8月と写真の裏面に書かれていた。おばちゃんの今で言う最高のパフォーマンスを御坊の海で見た帰りに、和歌山・日御碕に立ち寄った時の写真だ。昨晩、やっとのことで捜し出した。その当時、鶴橋の路地から、御坊の海へ連れ出された面々である。向かって一番左が私である。小学校1年生だった。あの夏の日、エネルギッシュだったそのおばちゃんの姿が眼に浮かぶ。記憶とは、写真とは何なのだろう?

2008年12月 1日 (月)

御坊の海とおばちゃん

 紀伊田辺駅から大阪・天王寺への帰路、「御坊駅」に差し掛かった。突然に思い出した。往路はその区間は心地よい気分で眠っていたのでそのような想いを抱くことはなかった。「御坊駅」という駅名を見た時、僕はあの夏の日の御坊の海とおばちゃんを思い出した。

 小学校低学年の時だった。春の季節だったのだろう。僕が生まれ育った東成区大成通りのわが路地で、おばちゃんはもろ肌脱いで赤ん坊にお乳を吸わせていた。僕はボール遊びをしていた。おばちゃんの近くへ寄った。大きなおっぱいだった。赤ん坊がおいしそうにお乳を吸っている姿を興味深く見ていた。その時、おばちゃんは僕に言った。「しげる、赤ちゃんと同じように吸って見るか?」僕は、恥ずかしさに後ずさりした。

 「おばちゃんは海女やったんやで、海にもぐって貝を採っていたんや!」僕はその時、正直に心の中で思っていた。おばちゃんの太いからだから見て海に潜っていたなんて信じられないと。おばちゃんは僕の表情を見て察したのだろうか。「しげる、嘘やと思てるやろ!」と僕に言った。

 その年の夏、おばちゃん家族は路地裏のお兄ちゃんと僕を引き連れて、おばちゃんの実家のある和歌山・御坊へとなぜか出かけることになった。おばちゃんの実家に泊まった。翌朝に近くの海岸へ出かけた。そこは岩場があり、その向こうに青い海が広がっていた。おばちゃんは海女の姿だった。太い体に白い衣装に身を包み、黒い枠の水中めがねと小さな樽のようなものを小脇に抱えていた。

 おばちゃんは僕たちが見ている中で、岩場の向こうの海に入って行った。海に浮かぶおばちゃんを遠くから見ていた。白い服装が眼に焼きついている。しばらくして、「見ときや!」というおばちゃんの声が海の向こうから聞こえてきた。白いおしりが海面に浮かんだと思うとおばちゃんの姿が海面から消えた。

 ずっとずっと見ていた。もう海面にその姿が見えてくるだろう。でも、なかなか浮き上がってこなかった。だんだんと心配になってきた。おばちゃんは浮き上がってこないかもしれないと一瞬思った。その時、突然に海面におばちゃんが顔を出した。口笛のような音が聞こえたような気がする。その途端、水中めがねをはずし僕たちの方を向いて、右手を振り上げ大きく手を振った。赤銅色の顔と白い歯が見えた。その時、確かに僕はおばちゃんをすごいと思った。本物の海女だった。

 あれから、48年以上たった今、「御坊駅」という駅名を見て、そのときの光景を思い出した。おばちゃんは嘘偽りもなくなく本物の「海女」だった。あの時、自分自身の誇りをかけて、おばちゃんは海に入り潜った。快心の潜りだった。おばちゃんは生き様をしっかりと僕の眼に焼き付けた。人は精一杯、誰かに己の想いを表現し繋げていくのだろう。

 路地裏のおばあちゃんの一人から、本物の「海女」だったおばちゃん、今はおばあちゃんだが、今年の春に亡くなったと今日知った。御坊の海を見ておばちゃんを思い出したが、もう亡くなっていたのだ。しかし、あの夏の日のおばちゃんは本物の海女だった。誇りをもって生き様を見せて挑んだ潜りの光景を、僕は一生忘れることはない。

 路地裏の片隅でもろ肌ぬいでわが子に乳を与え、本物の海女として御坊の海で快心の潜りを見せたおばちゃんの冥福を祈りつつ、おばちゃんへの心からの讃歌とする。

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