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2008年11月 1日 (土)

「新橋通商店街」で見た子どもたちの書

Photo_4 わが母校、大阪市立大成小学校の児童が毛筆で書いた「街」という想いだ。その字が上手なのか上手でないのかは私には解らない。そのようなことは些細でどうでもよいことだ。ただ、学校の授業での強制か自主的かも問う必要はない。私の眼前にその文字はある。それも、小奇麗な会館や学校の教室ではなく、学校近くの商店街である大阪市東成区・今里「新橋通商店街」のただの無機質な壁面にずらっと並んでいた。恐らく、その商店街の方が企画されたのだろう。卒業生の一人としてその想いに共感とともに敬意を抱く。

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 あたかも教室の黒板に掲載されているかのように見えるが、かつての賑わいが消えうせた商店街で、子どもたちが書いた毛筆の文字を見ていて、この企画を考えられた方の想いへ心を巡らした。確かに、地元の小学生の毛筆を商店街に掲載してからといって商店街に多大な振興を即効的に成果が生じることもないだろう。しかし、収益、経済だけで人は想い行動するものでもない。

 今里・新橋通商店街は、かつて市電の終点として賑わいを見せていた。わが実家から最も近い「繁華街」だった。映画館が二館があった。その当時の有名俳優もやってきてサイン会なども催されていた。私が高校生の時に、大きなレコード(LP盤)をはじめて買ったのもその商店街だった。愛おしく忘れがたい商店街である。その場所で」、はるか後輩の書き記した「書」というか、「文字」を見た時、えもいわれぬ感慨を抱いた。

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 朝早い時間だった。商店街の店はまだ開店していなかった。ゆっくりと歩きながら、子ども頃を思い出した。その頃にあった店はいくつか今も営業しているようだ。あれから45年以上も経つ。今里「新橋通商店街」は、私自身の心の中に、今里車庫終点としての「賑わい」が、今も脳裏意に焼きついている。

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