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2008年10月26日 (日)

「佐賀大学」のことを思い出して

 今日、北大和グラウンドで、ソレステレージャのあるお父さんにお会いした。その時、何気なく話をして帰宅した。帰宅途上の車の中で、あっ!あのことを話すことを忘れてしまったと気づいた。二名カップ少年サッカー大会の打ち上げの折に、その奥さんとの会話の中で、「佐賀大学」という名詞が出た。日常会話の中で第三者からその名詞が出たのは、私には初めてあった。

 そのお父さんが「佐賀大学」の出身だと聞いた。私の長女もその大学の出身だ。何かの縁だ!今日、ほんとうは、佐賀・佐賀大学の話ができればよかったのだが、如何せんうっかりと忘れてしまっていた。自分自身の不甲斐なさに嫌気がさしている。でも思い出してしまった。

 佐賀の町へは3度訪れた。一回目は長女が佐賀大学へ入学する折に、奈良から所帯道具をおんぼろタウンエースに目一杯詰め込みフェリーに乗り、門司から佐賀へ車で走った。妻と長女と佐賀大学正門前で待ち合わせした。あの時、長女の旅立ちであったが、荷物一杯を詰め込みながらも、さみしさが募った。

Photo_6  2回目は、長女が所属するクラブの「佐賀大学JAZZ研究会定期演奏会」だった。幾年も前の12/19(土)佐賀市民会館へ、長女には内緒で、伊賀流・甲賀流などとは程遠く、ただの「忍者ハットリ君」のようにお忍びで出かけた。「Flight To Nassau」、エンディング「One O’clock Jump」を聞きコンサート終了後、駅前の居酒屋で食べた鯨の刺身が美味しかった。食べながら長女に携帯で連絡したが繋がらなかった。その夜は博多に泊まった。

 3回目は、長女の卒業の折だった。荷台がからっぽタウンエースでフェリーに乗って出かけた。長女のハイツの荷物一杯を詰め込んだ。門司への帰り道、長崎自動車道を運転しながら、佐賀へはもう来ることもないのかもしれないという寂寥感を抱いたのを昨日のできことのように思い出した。

 私は、いままで佐賀大学の構内を三度ゆっくりと歩いた。またその町も。旧鍋島藩は明治維新時には「薩長土肥」としてリーダーシップをとった。「肥前」が佐賀だ。早稲田大学創始者の大隈重信が佐賀出身だ。武士道を語る上の著名なものに「葉隠」がある。その口述をなしたのが、鍋島藩・山本常朝である。佐賀は「誇り」ある地であると私はかねがね思い続けている。

「国立大学法人佐賀大学」公式サイト

「佐賀観光協会」公式サイト

 北大和グラウンドでお会いしたソレスレージャのお父さんへ、一度はゆっくりと話ができればなあと思っています。仕事でお忙しいとは思います。ただ、体にだけは気をつけてください!

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