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2008年9月 6日 (土)

沢木耕太郎「敗れざる者たち」

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左:単行本(文藝春秋社、1976.06) 右:文庫本(1979.09)
 
青山一郎「円谷幸吉物語」を読んで、以前に読んだ沢木耕太郎「敗れざる者たち」の中の「長距離ランナーの遺書」を読み直した。「敗れざる者たち」は、それ以前のスポーツ・ルポルタージュの視点をくつがえしたという思いを私に抱かせた革命的なスポ・ルポ本だ。スポーツという競技には結果としての勝敗がある。勝った者と敗れた者が生み出される。敗れた者が本当に敗れたのだろうか?結果としては敗れたのだろうが、本当は敗れてはいない、敗れざる者たちだ。という想いの視点でスポーツで繰り広がられた人を描いた。

 中学校時代に長距離走者・円谷幸吉選手は自ら命を絶った。私はショックを受けた。だが人間は忘れる動物なのだろう。メキシコオリンピックで日本サッカー代表が銅メダルを獲得した。私にとって陸上からサッカーへの転向だった。ボールを追いかけてる内に、円谷選手のことが私の中で消え去りつつあった。高校、大学と時が経った。社会人になった矢先に、沢木耕太郎の「敗れざる者たち」を偶然に本屋で買った。その中の「長距離ランナーの遺書」を読み、忘れさりつつあった円谷選手が新たなイメージとして脳裏に焼きついた。

 あの日、あの時、私はテレビの前で、「円谷!後ろから来ているぞ!!」と叫んだ。そのことを思い出した。55歳の壮年男が、小学校5年生の自分自身の叫びを今も覚えている。社会人になって間がない時に、円谷選手を思い出した。そして、あれから30年経て、55歳になった今、再び思い出した。いや、もしかしたら表層ではそうかもしれないが、深層ではずっと思い続けたのかもしれない。

 スポーツ選手は今まで数限りなく私の見聞の中で存在している。しかし、私の中で生き続けているのは少数だ。円谷幸吉選手は、私にとって、今もわが国最高の「長距離走者」だ。「敗れざる者たち」というスポーツ・ルポは、私に円谷選手の人生を伝えてくれた最初の刺激的で素敵な本だった。

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