「人材開国」への流れ
最近の新聞で興味ある記事を手元に置いていた。夕刻、全部とは行かないが一部読み直した。7/3(木)日本経済新聞朝刊の社説で「人材開国を考える」という表題だった。
6月中旬、自民党の外国人材交流推進会議連盟が、今後50年でわが国の人口の10%を移民が占める「移民国家」に、と提言をまとめた。このことについては、賛否両論が渦巻くであろうと予測する。人口、労働力に支えられたわが国の経済発展が停滞するという未来予測の中で、経済という視点からだけではなく、伝統、宗教、思想等などの視点からも、今後、論じられていくのであろう。
現実はすでに進行している。社説の中でも紹介されていた岐阜県美濃加茂市は、人口が55,000人、その中で、5,900人が日系ブラジル人を中心とする外国人だ。市内の緊急放送は日本語とポルトガル語を併用している。公立小中学校には240人の外国籍の子どもたちが通う。その半数以上は日本語を理解できない。市は日本の文化や必要最低限の日本語を学ぶ教室を開設した。
地域で一緒に住むであろう外国人に、われわれは日本の文化を伝えることができるのだろうか?また、外国人のその地の文化を心で受け止め理解できるのだろうか? グローバリズムの風潮の中で、それぞれが生まれ育った場所と時間の独自性を語れ、相互に認めあい、交感しあい、協調と協働に基づき、われわれは生きていかなければならない。そのための「レディネス」(準備)をもつ必要がある。賛否両論の中で、わが国が乗り越えて行くべき大きな課題が眼前にある。時代は変わっていく。





















