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2008年4月18日 (金)

惜別 松永伍一

 4/18(金)朝日新聞夕刊で「惜別」の紙面に、今年のひな祭りの日に77歳で逝去した詩人・評論家である松永伍一の記事が掲載されていた。わが本棚にある同氏の著作の「ふるさと考」(講談社現代新書・1975年6月)を手に取った。
 その新書の表紙に、 「『まち』が、新しい時代を切り開いてゆく若者であるとすれば、『ふるさと』は『まち』を静かに育む母親である。近代が、まさにそういう時代であった。『まち』にはなんと多くの言葉が費やされたことか。いまこそ、『ふるさと』が語られるべきである」と記されている。
 30年余り前に、「今こそ語られるべき『ふるさと』とは?」という問いかけに、その当時、大学生だった私は、生まれ育ったその地に住み続ける者にとって『ふるさと』という言葉とイメージは存在し得ない。その地を『捨てた者』にとって贖罪の念が『ふるさと』という清く美しい言葉と郷愁を作り出したのだろう。その土俗的な雰囲気の著作から受け止めた。『ふるさと』という言葉から郷愁よりも、混沌とした土俗的な匂いを抱いている。同氏の「ふるさと考」の影響を今も心の中に生き続けている。だからこそ、わが『ふるさと』を本当の意味で問い続けなければならない。

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