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2008年3月19日 (水)

[猪飼野郷土誌」と「熊沢天皇」

Img_0004_2  「猪飼野郷土誌」(1997.03./発行:猪飼野保存会)を以前に読んだが、今晩何気なく手に取り拾い読みをした。P.77「熊沢天皇寓居跡」の一文を再読した。「熊沢天皇」こと熊沢寛道(大阪市東成区大成通1丁目90番地)は、昭和26年昭和天皇を相手取って”天皇不適格確認”の訴訟をおこした。これに対する裁判所の命令は、主文「本件訴状を却下する」、理由「天皇は裁判権に服しないというものだった。米国「タイム誌」にも紹介された「熊沢天皇」は、一大センセーションを捲き起こしたが、その後、昭和41年6月、東京板橋で76歳の波乱の生涯を閉じた。

Img_0005  「熊沢天皇」については、2007.09に刊行された「吾輩は天皇なり」(著者:藤巻一保/学研新書)に生い立ちからの詳細が記載されている。戦後最大の奇人と著者が称する人物が、わが実家の近くに居住していたことから興味をいだき続けていた。「猪飼野郷土誌」にもその存在が記載されていることは、その地にとっての何らかのインパクトを与えた存在であったのだろう。「吾輩は天皇なり」の中の一文で、著者は「熊沢寛道をドンキホ-テと笑うことはできない」と書き記していた。兎にも角にも、私にとって「熊沢天皇」は奇妙な存在であり続けることに変わりはない。

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