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2008年2月13日 (水)

「イムジン河」

2/13()会社から帰宅する通勤電車の中で、日本経済新聞夕刊の「懐かしの風景」という記事を読んだ。それはかつてのフォ-クソングの曲である「イムジン河」についてのコラムだった。懐かしさが込み上げ一気に読んだ。 1968(昭和43)頃に発表されたフォ-クソングの曲だ。「帰ってきたヨッパライ」という曲で一世を風靡した「ザ・フォ-ク・クルセダ-ズ(フォ-クル)」が歌っていた。その当時にフォ-クソングに興味があった方はご存知かもしれない。

「イムジン河」という河は、朝鮮半島を分断する38度線を北から南へと流れている。その曲は朝鮮半島の南北分断の悲劇を歌った曲である。原曲は朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の曲で、1968年この曲がシングル発売される時に、日本語歌詞が忠実でないという抗議が生じ、政治的な配慮に基づき発売禁止となった。

なぜ「イムジン河」を懐かしく思うのか? 僕は19693月に大阪市立玉津中学校を卒業した。その当時、卒業式の日の幾日か前に、簡単な軽食を食べての謝恩会が、講堂で開催されるのが恒例だった。その会で、卒業生がクラス毎有志で舞台に立ち、歌等を披露した。僕たちクラスの男女混声グル-プが、舞台に立ちみんなの前で歌った曲のひとつが「イムジン河」だった。

僕が在学していた中学校は、大韓民国(韓国)の生徒が多かった。その当時の僕の友だちの多くは韓国人であった。1969年卒業式前の謝恩会に舞台に立った僕たちのグループは日本人と韓国人の混声だった。歌う曲を選曲し確か練習もした。その中の一曲が「イムジン河」だ。

その当時、朝鮮半島の民族の問題を政治的・歴史的な詳しい知識として、僕は持ち合わせてはいなかった。そのことを知るのは高校年代以降だった。その曲が自分では好きで、いい曲だと思っていた。確かに、僕たちが舞台に立ってその曲を歌ったことを昨日のことのように覚えている。

 その当時発売禁止だった曲をなぜ歌ったのか? 教師はなぜそれを許したのか? 今になって考えてみると僕にはわからない。ただ、今晩この記事を読んで、同じように舞台に立ったその当時の男子・女子のともだちの姿が思い浮かんだ。

「You Tube イムジン河」

Photo (現在の玉津中学校 残念ながら当時の面影は全くない)

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