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2008年2月17日 (日)

「原宿はらはら」を読んで

  2/16(土)「クラブマネジャ-検定試験」の帰りに原宿・代々木近辺を散歩し、夜遅く奈良に帰ってきた。2/17(日)朝、こたつに入り日本経済新聞朝刊を開いた。文化面「原宿はらはら」というエッセイが目に飛び込んできた。昨日立ち寄った所なので興味が湧き文章を追った。

 「一昨年の夏に引越しをした。六歳のときから、なんと半世紀近くも住んでいた東京の原宿に別れを告げたのである。」という書き出しだった。1955年(昭和30年)頃、「まだ原宿には八百屋さんも、魚屋さんもあった。普通に生活している人々がいた」「貧しくても原宿は落ち着いた風情のある街だった。」「あの頃が原宿の一番美しい時代だった。昭和30年から40年にかけてである。」「今の原宿は欲望の街と化している。」「自分の記憶の中にある原宿の街が、花びらのようにはらはらと散ってしまったのをひどく悲しい思いで実感している。」とその文章は結ばれた。

 昨日、原宿を訪れた私は異邦人である。昔の原宿の街を知らず今の光景だけが目に入った。奇抜なファションと厚い化粧が目に焼きついた。今風の若者たちの街であった。通りすがりの私には、以前にその街が、どのような町であったのかを思い描こうとはしなかった。このエッセイを読んで、原宿の街もまたその変化を余儀なくされた街であったと知った。育った街への想いが、異邦人に破壊されることほど寂しいことはない。

 このエッセイを執筆された方は、「昭和維新の朝~二・二六事件と軍師斎藤瀏~」の著者で団塊の世代のノンフィクション女性作家だ。歌人・軍人であった斎藤瀏 陸軍少将、女流歌人・斎藤史の父と娘の波乱に満ちた生涯をその中で描いた。私はこの本を読んで、1/15にブログの「図書室」に掲載した。その本に感銘を受けた。今朝、このエッセイを偶然にも読み再び感銘を受けた。人が書き記すものは、ただの文字なのではなくまさしく思想なのだ。

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