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2008年1月23日 (水)

「哀れっぽい橋」

 1/7(月)日本経済新聞夕刊(15面)「プロムナ-ド」に、評論家である松本健一氏の「内子町の『哀れっぽい』橋」というエッセイが掲載されていた。愛媛県内子町にある弓削神社の「太鼓橋」の話である。5段に書かれた文章の最終壇を読んだ。

 その一文の末尾には、「その木造の細い橋を弓削神社へと渡りつつ、わたしは、これが人間世界から神への領域へと通ずる、日本の「哀れっぽい」橋なのだな、という思いに浸っていた。保田與重郎の長編エッセイ『日本の橋』を読んだのは、今から43年前、私が18歳の頃である。そこには弓削神社の橋のことは出てこない。しかし、そのころから私は西洋の建築の延長線上にある堂々たる石の橋に対して、弓削神社の前にある『哀れっぽい』木の橋こそが日本文化、いや日本の美の象徴であると思い続けてきたのである。『はし』は本来繋ぎ合わさっていないもの、たとえば人間と神()、此岸と彼岸、天と地、男と女を結び合わせる。その意味どおりの橋だった。」と。

 その一文を読み「哀れっぽい」木の橋がどのようなものなのかを知りたいと思い、Webサイトで内子町・弓削神社の太鼓橋を検索した。その写真を見て私は、松本健一氏が「哀れっぽい」と形容した木の橋に惹きつけられた。それは日本人としての感性なのか、それとも私自身の独自の感性なのかわからないが、一度は訪れてみたいものだ。

「内子町」Webサイト

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