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2008年1月23日 (水)

「橋」が思い起こさせるもの

Img_2  昨年12/15(土)夕刻に東京・神田古書店街のある店に入り本棚を眺めていて、立ち止まりその本を手に取った。雑誌「ユリイカ」(197510月号)の特集「日本浪漫派とはなにか」という本だ。学生時代に購入して読み今も自宅の本棚にある。定価を確認すると2,000円と値札が貼られ、当時の定価680円から値上がりしていた。その本の隣にあった「国文学解釈と鑑賞 特集日本浪漫派とその周縁」(2002.5)を1,300円で購入した。

 「日本浪漫派」は、戦前・戦中に日本人の心情・情緒・美意識を打ち出し、「滅びの美学」で当時の若者たちを心酔させ鼓舞した。その中心人物が奈良県桜井出身の保田與重郎である。戦後はアメリカ主導の民主主義社会から危険思想として封印された。最初に雑誌「ユリイカ」を買った時から30年以上経った。その思想と行動には私は批判的である。しかし、もしその時代に私が生きていたならば、日本的美意識・情緒・感性という側面から自分自身も吸い寄せられてしまったのではないかという危惧と引っかかりを抱き続けている。

Photo_3 この写真は、雑誌「ユリイカ」の中で掲載されていた写真である。雪の降る夜、小さな木の橋の上で、菅原文太がひとり背を向けて旅立とうとする。そこに後ろから当時の藤純子がそっと傘を差し出している。その光景に何も感じないのか、何かを感じるのか、一般的な日本的美意識の象徴としてその写真を取り上げたのだろう。私などはその光景に感性として共鳴してしまうようだ。

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