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2008年1月10日 (木)

「東成萌え」

 雑誌「大阪人」2月号の特集は「東成萌え」だ。わが生まれ育った町の記事が特集になっていることを知り、近鉄奈良線富雄駅前の「ジャパンブックス」でその雑誌を購入した。表紙の「大阪人」の題字の上の「大阪市東部の名門、東成区」というコピ-が目に入った。素直に嬉しかった。

 私が高校生だった時、「どこに住んでるのか?」と先輩から聞かれ、「東成・鶴橋に住んでいる」と答えた。「お前は貧民窟に住んでるのか?」と先輩に言われた。私は躊躇することなく発作的・感情的に殴りかかろうとして動いた、同級生が止めに入った。あれから38年以上経った今、雑誌「大阪人」を読みながらその時の光景を思い出した。

 高校生だった時に私は、自分自身が生まれ育った「東成」という地に対して無知だった。「東成」がどのような歴史の地なのか、どのような文化を築いてきたのかを知らなかった。ただあの日、自分自身と家族・わが長屋の人々が侮辱・軽蔑されたという感情だけに動かされ暴力的な行為に走ろうとした。

 しかし、54歳になった今、私は情緒的・論理的にも、わが生まれ育った「東成」という町に対する誇りを必ず伝えることができる。雑誌「大阪人」2月号の特集「東成萌え」の冒頭にも、 「東成は大阪の由緒ある地名。大阪の半分を占めた大地名。今の東成区も歴史文化の宝庫」という一文を飾っている。

 私は24歳での結婚を契機として、生まれ育ったその町を離れた。その町を離れたということは、その町を捨てたと言うことになるのかもしれない。「背信者」と人から何と罵られようとも、私はその町を心の中で本当に愛している。

 ただ、わが生まれ育ててくれた路地の長屋の人々に、今もご健在のおばちゃん、おっちゃんに対して、何も恩返しを出来ていないことは事実である。そのことは本当に不甲斐ない一念である。今この雑文を書きながら、小学生だった頃から大学生になるまで、その町で私に接してくれたおばちゃん、おっちゃんのことを私は思い浮かべた。

 「わが生まれ育った『東成』は萌えである」また「わが生まれ育った『大成通』は萌えである」と、今の私を育んでいただいた人々へのささやな言葉としたい。

「雑誌・大阪人」公式サイト

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