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2007年12月14日 (金)

「N700系」の車内で

 「N700系 のぞみ051号」に乗り込んだ。窓側の座席であった。通路側には同年代のス-ツ姿の気品のある男性が座った。発車するとまもなく、私は幕の内弁当をテ-ブルの上に置きビ-ルを飲んだ。その男性も駅弁を開きチュ-ハイを一気に飲んだ。しばらくして、彼は袋の中から熱燗ができる缶入りの日本酒を出してまたも飲んだ。私は駅弁を食べ終え二本目のビ-ルを飲んだ。静岡駅を越えたところで彼は熱燗を飲み干していた。車内販売がやってきた。彼は、ワンパックの日本酒を買いまたまた飲みだした。名古屋駅を発車した時、またも車内販売がやってきた。彼は、チュ-ハイレモンを買った。飲みおさめの仕上げなのだろうか?

 彼は紙袋から本を取り出し、ぱらぱらとペ-ジをめくった。ちらっと私はその表紙を垣間見た。「安岡正篤」(やすおかまさひろ)の文字が見えた。恐らく彼は何らかの興味か、それとも心酔しているのか知る由もない。ただ、酒を飲んでいるその姿に気品が漂っているのは、根底になんらかの知的なものが横たわっているのだろう。。「安岡正篤」とは、陽明学者、東洋思想家であり、ビジネスマンの中でその本を人生論的な意味で読んでいる人々がいる。

 彼は仕事を終えた帰路の車内で、リラックスした気分で酒を飲み、その時読みたいと思った本を買いペ-ジを繰ったのだろう。人はどこかで自分自身の本来あるべき、ありたい姿を隠し持ったままで時を過ごすことはできない。私は車内で、司馬遼太郎の「殉死」という文庫本を読んでいた。私と同じように彼は京都駅で下車した。

「安岡正篤 一日一言」Webサイト

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