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2007年10月 8日 (月)

「熊沢天皇寓居跡」

 「猪飼野郷土誌」に「熊沢天皇寓居跡」という一文がある。 「小川治海税理士事務所というのがある。その並びの東の端、現在ガレ-ジになっている所に辰巳屋さんという小料理屋があったらしい。そしてこれと小川事務所との間に以前旅館をしていた建物があった。これを辰巳屋が買得して所有していたが、その一室に熊沢天皇が一時身を寄せていた」

 「熊沢天皇」こと熊沢寛道氏は、後南朝の「自分自身こそ正真正銘の天皇である」と時の連合国最高司令官マッカ-サ-元帥に嘆願書を出した。米「ライフ」誌にも写真入で大きな記事として取りあげられた。熊沢寛道氏は昭和天皇を相手取り東京地方裁判所に対して「天皇不適確確認」の訴訟を起した。その訴状の原告・熊沢寛道氏の当時の住所は「大阪府大阪市東成区大成通1丁目90番地」となっている。しかし、「天皇は裁判権に服しない」という理由で訴状は却下された。  

 私の実家から徒歩1分もかからない場所に「熊沢天皇と名乗るひとが住んでいた」と私は祖母から幾度となく聞いた。だがどんな人物なのかどうかを考えるなどはしなかった。子どもながらに、「天皇さんがそんな場所に住まれることはない。その人はうそつきだ」と思った。最近、熊沢天皇に関する「我輩は天皇なり」という新書が刊行された。読み進むにつれて、祖母から聞いた話が断片的によみがえってきた

 実家に帰った折にはその寓居跡前の道を通る。気の強い辛らつな祖母から似非天皇である熊沢天皇のことに関して悪口を聞いた記憶が私にはない。そのことは今振り返れば不思議だ。推測の域をでないが、祖母が熊沢天皇と同じ地域で生まれたという同郷意識と祖母の南朝びいきがそうさせたのだろうか。今は確かめる術はない。

参考 「猪飼野郷土誌」/著者・発行:猪飼野保存会/   
    「我輩は天皇なり」/著者:藤巻一保/発行・学研新書

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