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2007年10月 8日 (月)

「故郷、路地裏に想う」

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この路地裏に由緒もないわが塚本家は昭和の初めから80年間あまり住み続けている。場末の町中で80年もの時の流れを連綿としてその小さな家が存続していること自体が不可思議である。祖父・祖母がその家を昭和の初めに購入した。母はその家で生まれ今も住み続けている。最近は認知症が発症し、加えて酸素チュ-ブを鼻につけ生活している。私の妹夫婦が面倒を見ている。

私も昭和28年にこの路地裏の家で、近所の人々の産湯を授かり生まれ、結婚して生駒に新居を構えるまでを過ごした。この路地裏にある小さな家が母と私の生家である。私には3人の子どもがいる。3人とも大阪市城東区の産院で生まれた。その出産の際に、この路地裏に永年住んでいる助産婦さんに立ち会っていただいた。私の3人の子どもたちも鶴橋・大成通の人々の産湯ではないかもしれないが介添をいただいて生まれた。

今、かつての喧噪が渦巻いていた路地は嘘のように静まり返っている。祖父・祖母・父とも葬送の時、この路地から近所の人々に見守られて旅立って行った。母もその日がくれば、同じようにこの路地から旅立つのだろう。

はっきりと言えることがある。その町は確かに私の唯一無二の「故郷」である。「兎追いし彼の山」的な自然には恵まれていはいない。でも、善きにつけ悪しきにつけあまりにも人間的な人々には恵まれた。その地と人々を愛し慈しみ誇りに思っている。しかし、「捨てたのかもしれない!」「裏切ったのか。もしれない!」という思いが心の中で疼きつづけている。だからこそ、私はその路地からは旅立つことはない。その路地から旅立つ資格などはない。

詩人・室生犀星は「小景異情」の中で歌った。

ふるさとは遠きにありて思うもの

そして悲しくうたうもの  

よしや

うらぶれて異土(いど)の乞食(かたい)となるとても

帰るところにあるまじや

ひとり都のゆうぐれに  

ふるさとおもい涙ぐむ  

そのこころもて  

遠きみやこにかえらばや  

遠きみやこにかえらばや

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