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2007年8月12日 (日)

大成納涼盆踊り大会

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 8/11(土)夜、わが母校である大阪市立大成小学校の「大成納涼盆踊り大会」へ出かけた。校庭にはやぐらが組まれ、屋台が出て、老若男女を問わず多くの人々でにぎわっていた。かつては、町会ごとで細長い路地で多くの盆踊りが催されていた。小学校の校庭を利用しての「大成納涼盆踊り大会」が一番大きなイベントだった。

 大成小学校校区は、私が小学生だった頃から、日本、韓国、北朝鮮の人々が混在して地域を形成していた。「民族」というものを自然と意識せざるをえない環境であった。その当時私の友だちは日本人よりも韓国人の方が多かった。大人たちの作り上げた「民族」という概念など関係もなく遊びにふけっていた。

 韓国の子どもたちが、民族の踊りを披露した。太鼓と鐘を鳴り響かせ駆け回った。その音色とリズムが、私の体中に響きわたった。路地裏で聞いていた音だ。体が自然と動いた。子どもたちの踊る姿から、私は生きるエネルギ-を分け与えられた。

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  私は、校庭の夜店を巡った。さまざまな団体が出店していた。「まとあて」「スマ-トボ-ル」が目に入った。私は「スマ-トボ-ル」が大好きだった。祭りの夜店に出かけると必ず「スマ-トボ-ル」をしたことを思い出した。

 本職屋台を巡ると、団体の出店は多くの人々が店内にいてにぎやかだった。ある屋台の店で70歳ぐらいのおばあさんが、ぽつりとひとり座011_2り出店していた。一瞬、写真を撮ろうと思ったが、シャッタ-を押すことができなかった。自分自身の心に突き刺さった。そのおばあさんは一所懸命、一生懸命に生きている。だが、お前はその人以上に今を生き切っているのか? そのような想いが脳裏をよぎった。

 「大成女性会」がおでんを販売していた。「のぼり」「横断幕」「白いスカ-フ」。その光景は、私が幼かった頃のおばさんたちを思い出させた。当時の路地裏のおばさん連は、事あるごとに白いエプロンをしていた。あれは一種の制服であったのだろうか? 

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 幼少の頃から存じ上げている連合町会長さんがご挨拶をされた。私の父が亡くなった折の葬儀委員長を務めていただいた。告別式が終わった時、「大成通を誇りに思います」と伝えた時、手を差し伸べていだき涙ぐまれた姿を思い出した。ご挨拶されている姿を見た時、私は網膜の裏が潤んだ。ご高齢に関わらず一生懸命に生きていらっしゃる。自分のためだけではなく、その町の人々のためにも。その地で生まれ育った私は、その町の大人たちの背中を見て生きてきた。ものの見方、考え方の根本はこの地で学んだ。間違いなく私の産土(うぶすな)は「大成通」である。

◇ ブログを見ていただいている方々への盆中お見舞いとさせていただきます。

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