« 第7回瀬戸内しまなみ海道 スリ-デ-マ-チ | トップページ | 第62回 国民体育大会近畿ブロック大会(サッカ-) »

2007年7月29日 (日)

「大成通」への想い

004_2 

「大成通」という町名が、大阪市東成区にあった。昭和16年、「猪飼野大通」と命名されたその場所は、昭和1911日に「大成通」に、昭和4591日、「玉津3丁目」に住居表示が変更となった。私は昭和28年にその地で生まれ、24歳で結婚するまでの多感な年頃を「大成通」で過ごした。

「大成通」という町名は、「大成小学校」の由来と「猪飼野大通」の名の一部を結びつけて命名された。「大成」とは、大阪市立大成小学校創設に際して、「大阪市」の「大」と、「東成区」の「成」を採り、その地の児童が、行く末、物事を大きく成し遂げることを願った。「大成通」の「通」は、旧町名の「猪飼野大通」の「通」を採ったと言われている。

7/28(土)、母が退院をした折に、実家近くを徘徊した。以前見た懐かしい住居表示板が、今もあるのか確かめた、確かに、そこにあった。「大成通」という町名が消え去って37年が経つにも関わらず、その家の表札の横に、ブリキ版で作られた住居表示板が掲げられていた。その家に居住し続けている方も、「大成通」に何らかの愛着を抱いているのだろう。

その町を出て、30年の年月が経過した。大阪市立大成小学校創設に際しての由来である「行く末、物事を大きく成し遂げる」という「大成」とは程遠く、「錦を飾っていない」今の私がある。しかし、その地の人々との見聞と生活・体験によって、その町で過ごした時よりは、ささやかであるが、私は「大」きく「成」っていると自分自身では思っている。あの街の無名の一生懸命生きていたおじさん・おばさんの思想が、今の私の根底にある。「大成通」は、私の「ル-ツ」である。

« 第7回瀬戸内しまなみ海道 スリ-デ-マ-チ | トップページ | 第62回 国民体育大会近畿ブロック大会(サッカ-) »

うぶすな大成通」カテゴリの記事