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2007年5月19日 (土)

比賣許曾神社

「比賣許曾神社(ひめこそじんじゃ)」は、垂仁天皇時代(約2000年前)に起源を有する。「下照比賣命(しもてるひめのみこと)を本殿祭神とした格式ある「延喜式内神大社」である。大阪市東成区東小橋3丁目に鎮座する。同神社はJR環状線鶴橋駅を降りて、千日前通りを東へ徒歩5分、南北に走る疎開走路の交差点の左側にある。鶴橋という雑踏の町の傍らにある小さな神社である。

003  私は氏神様「御幸森天神宮」よりも「比賣許曾神社」へ足を運ぶ回数が多かった。なぜならば、「比賣許曾神社」は、最寄り駅である鶴橋駅へと向う途上に位置し、自宅から徒歩5分の場所である。一方、「御幸森天神宮」は自宅から南へ徒歩20分もかかってしまう。物理的な方角と距離の問題である。「夏祭」は、いつも近くの「比賣許曾神社」に出かけた。ただ、氏地である関係で、「獅子舞」は氏神様「御幸森天神宮」からやって来た。

近所のおばさん連中の「比賣許曾神社略縁起」は、「姫は、姫らしく静かにしていなければならないのに、こそこそ話をしたからその名前がついたんや」と幼い時に聞いた。本来の縁起からは程遠いものである。でも、私には同神社の本来の縁起よりも、そのおばさんが話した縁起らしきものが懐かしい記憶として今も残っている、私がその地で生まれ育ったという証のために、今も、私は氏神様「御幸森天神宮」と、なじみの「比賣許曾神社」の両神社のお守りを仕事鞄の中に入れ持ち歩いている。

【鎮座地】大阪市東成区東小橋3丁目8番14号

【参 考】「式内 比賣許曾神社略縁起」

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