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2007年4月14日 (土)

「美しい森の夢に、乾杯」

4/2()日本経済新聞朝刊に、新社会人に向けての「サントリ-」の宣伝として作家・伊集院 静氏の一文が掲載されていた。毎年4月初旬に、同社では新社会人に対しての門出を祝いコラムを掲載してきた。毎年、興味深く読ませいただいている。今年は「誇り高き森を作ろう。美しい森の夢に、乾杯。」というコラムだった。

「今の君は、一本の若い樹だ。幹も細く、遠くを見渡せる丈もない。強風に、激しい雨に倒れてしまう不安もあるだろう。でも君は倒れない。どんな風にも雨にも立ち向かうだろう。なぜなら君の中にはあふれる生命力と希望を抱いた根があり、君を支えているからだ。最初は皆同じ若い樹だったんだ。根っ子からいろんなものを吸収し、カンカン照りに、凍える寒さに耐え、青空に向かって伸びてきた。(抜粋)皆ですばらしい森をつくろうじゃないか。森は新しい力を、君という樹を待っている。同じかたちの樹はいらない。個性のある君だけの樹が欲しいんだ。いろんな樹が集まった森はずっと生きつづける。〈抜粋〉つか君が成長し、逞しい幹と、しなやかな枝と、まぶしい葉をたわませた見事なかたちの樹になってくれると期待している。(抜粋)大切なのは土の中に、胸の中にある根だ、精神だ。誇りと品格だ。自分を、人を、社会をゆたかにしたいと願う精神だ。少し疲れたなら星灯りの下、木陰にたたずんで休めばいい。星を映したグラスにシングルモルトウイスキ-を注ごう。美しい森になる日を夢見ながら、乾杯。」(伊集院

私は新社会人になり早30年が経つ。朝の通勤電車の中で、この素敵なコラムを読み日常性に埋没してる心に、清涼飲料水を飲んだような新鮮な気持ちを抱き職場に向うことができた。とかく人は忘却するものである。それは自然の成り行きである。日々、脳細胞は死滅し減少していくのだから。しかし、視覚、聴覚、触覚、味覚に何かの刺激が与えられた時、忘却していたことが、如実に脳裏に浮かび上がってくることがある。新社会人になった時の希望に満ちた春の日の自分自身の気持ちを、ふと思い出した。

だが、今、その時の希望を抱き続けているか? 普通の樹にぐらいはなったのか? 確固たる精神はあるのか? 品格は備わったのか? 自問自答すればするほど、甚だおぼつかない自分自身がいる。4/16()、わが職場にも新入職員が配属されてくる。新たなる新鮮な日を迎えるにあたって、焼酎ばかり飲んでいないで、気分一新して今宵はウイスキ-でも飲もう。 「美しい樹になることを夢見ながら、乾杯」。

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