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2007年4月15日 (日)

「猪飼野」という地名

 約6000年前、大阪・和泉山脈から北へ延びた上町台地は岬となっていた。上町台地の西部は大阪湾、東部は現在の東大阪市北部、大東市あたりの河内平野は海域であった。大阪湾の内海として河内湾と呼ぶ。2000年前、海岸線は西部に後退し、河内平野の北部の河内湾は縮小しながら淡水化し河内潟となった。地名に「津」の着く場所は港であった。摂津、中津、高津、玉津、盾津。「江」のつく場所は入江として海に面していた。住之江、野江、片江、深江、若江、菱江。大阪市東成区今里交差点近くで丸木舟とクジラの骨が発掘されたことからも、現在の大阪市東成区東部の地域が海であったことが実証されている。

「日本書紀」仁徳天皇14年の条に「冬十月猪甘津(いかいつ)に橋をかけその処を号けて小橋と曰う」と記された。「猪甘津(いかいつ)」とは「猪甘の港」という意味で、「猪飼野」という地名は、この「猪甘津(いかいつ)」に由来する。「播磨風土記」において、「日向の肥人(くまびと)が献上し猪を飼い放った。そこを猪飼野と云う」と由緒が示されている。「猪甘(いかい)」という地にある野原が「猪甘野→猪飼野」と呼ばれるようになった。現在は存在しない地名としての「猪飼野」は、古来よりの由緒ある地名であった。

降る雪は あはになふりそ 横森の 猪飼野岡の 寒い巻に (穂積皇子)

村すずめ 幾世をかけて 百済野の 猪飼の岡に 笹わけて啼く (聖連法師)

(参考資料 発行:猪飼野保存会 「猪飼野郷土誌」)

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