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2006年12月24日 (日)

大手拓次(1887~1934)

こひびとよ、おまへの よるのくちびるを化粧しないでください、その やわらかいぬれたくちびるに なんにもつけないでください、その あまいくちびるで なんにも言わないでください、ものしづかに とぢていてください、こひびとよ、はるかな 夜のこいびとよ、おまへのくちびるをつぼみのように ひらかうとしてひらかないでいていください、あなたを思うわたしのさびしさのために。(拓次)

 萩原朔太郎、室生犀星、とともに北原白秋門下の三羽がらすと騒がれるも生前一冊の詩集を発刊することもなく、四十七歳の人生をただひたすら「詩」に捧げた。大学を卒業後、二十九歳の時ライオン歯磨広告部に入社する。以来二十年、昼はサラリ-マンとして、夜は下宿で幻想の詩人としての生活に明け暮れた。

 人には二面性がある。それは良くも悪しきも人間性の深みを感じさせる場合がある。日常という生の流れに飽き足らない人種にとって、自分自身の人間性を回復するため、人が人らしく生きて行くため、誰にも見られることのない場所で本当の意味で生きようとするのかもしれない。

 大手拓次にとっての片恋。この詩の中で歌われている「こひびと」とは、昼の勤め先でみそめた可憐な少女。名作「夕鶴」を演じて有名な山本安英 女史であった。ただ想うだけの片恋の中にこそ「恋」というものの本当の意味での本質がある。

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